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想恋歌

番外編 その3(前編)                             2015.9.20

 ヒカル、生誕記念です。  前半部分は一部、本編と重複する箇所があります。 --------------------------------------------------------------------------------------------  俺の名前はランク・ハイマン。  1976年生まれの30歳、フランクフルト生まれ。この道10年の観光ハイヤーのドライバーだ。  俺が生まれた時には、ドイツはすでに東西に分断されていた。幼い頃はそれが当たり前の事と思っていた。  フランクフルトは西ドイツに含まれる。俺の家は金持ちという訳ではなかったが、両親が働いていた為、割合楽な暮らしが出来ていた。  祖父さんに聞かされた話や学校で習ったのは、第2次世界対戦のあとの1945年にヤルタ会談・ポツダム会談が行われ、アメリカ・ソ連・イギリス・フランスの4カ国で東西に別けられ管理される事になる。   続いて1948年にはベルリンが東西に分断される。歴史的にも有名な「ベルリンの壁」が出来るのはこの後1961年になる。  それまでは西ドイツと西ベルリン、東ベルリンの通行は比較的自由に出来たようだ。  西側の米英仏占領地域では、自由主義経済を資本とする経済復興を目指し、ソ連占領地域では社会主義化を目指す措置が執られた為、東西の違いが浮き彫りになった。  これは多くのドイツ国民にとり、少なからぬ様々な困難と苦労を強いられることになる。  祖父は当時西ベルリンに住んでいたそうだ。祖父母には3人の子供がいて、長男(伯父)がルディ、次男(俺の父)アルトゥール、妹(叔母)がトリーネと言う。  祖父は当時政府関係者に伝手を持つ仕事していたので、色々な情報を市民よりは早く知ることの出来る立場だったらしい。  祖父の情報収集のお陰か、はたまた祖父に先見の明があったのだろうか。  当時東ベルリンに住んでいた祖父・祖母の兄弟一家と共に1960年の夏に脱出し、フランクフルトに移り住んだということだ。  それから1年後の1961年8月13日に、東西ベルリンの封鎖が始まった。  西ベルリンは西ドイツ領の飛び地の如く言われるが、これは間違い。正確には西ベルリンは西ドイツ領ではなく、あくまでもアメリカ・イギリス・フランスの統治下に置かれた占領区域なのである。  この話は海外から来た観光客の間で、必ず話題にあがる事柄の一つになっている。    そして俺はフランクフルトで生まれ、大学を卒業してミュンヘンで仕事に就き、そのままミュンヘンに居住している。      2日前の夜、契約してるホテルから観光ハイヤーの要請があった。  大学を卒業して仕事に就いていたが、不景気の煽りを受け倒産。その頃には結婚もして可愛い女の子を授かっていた。だから手っ取り早く働いて金を得るために、ハイヤーサービス業を起こすことにした。小さくても一国一城の主だ。  ドイツでリムジンサービス、いわゆるハイヤーというサービス業を起こすのにはドイツ政府の許可が要る。     その許可を申請する前提として、商工会議所の試験に合格した者、一定期間バス会社などの支配人として勤務、又は日本で言うと、一般旅行取扱者の資格を有する者という規定がある。何しろ観光と名がつくからには、周辺の観光名所の知識、地理、食事する場所、あらゆることを覚えなければならない。  この商工会議所の試験を受けて合格しない事には申請ができない。  試験の内容は、雇用法、税法、休暇法、料金設定の計算など、タクシー、ハイヤー会社設立のための最低知識。    会社を設立した時の、資金的な条件などを要求する4択の筆記試験と、原価計算そして口頭試問。  原価計算が完全に出来て、筆記試験で80点以上を取れば口頭試問が免除される。  自分で言うのもなんだが、俺はそんなに頭は悪くないと思っている。アルバイトで何とか食い繋いで必死に勉強して試験に合格した。   観光ハイヤーは実入りがいい。大概ハイヤーを使おうと思う客は金持ちが多いからだ。俺がしっかり仕事すればチップをはずんでくれる客も多かった。今では観光の予約のが多いぐらいだ。  ゆくゆくは、人員をもう少し増やし、会社の規模も大きくしたいと思っている。  そして今日のお客は日本人の二人連れということだ。ホテルの話では超の付く金持ちだから、気張っていけよと言われていた。  目的地は【ノイシュヴァンシュタイン城】 と【ホーエンシュヴァンガウ城】 で、後は昼食に料理の美味しい店。  ホテルには6時までに戻れる様にという注文だった。観光ガイドも込みで、その他は自由に任せるとの事だった。 あまりあれこれ言わない客はありがたい。  朝9時にホテルに迎えに行った。フロントに寄り「やあ」と挨拶する。  俺のお客様はどちらだいと尋ねると、ついて来いと言われ、ロビーのソファーに座ってるお客の所に連れて行かれた。  フロント係がドイツ語で話しかける。立ち上がったお客を見てポカンと見惚れてしまった。  美しい男性が、ドイツ語で挨拶した。 「おはようございます。初めまして」  右手を差し出して挨拶して来た。日本人は自分から握手を求めて来る人は少ない。コミュニケーションスキルの高かさを感じる。恐らく海外の仕事も多いのだろうなと察せられる。 「おはようございます。本日はご利用頂きありがとうございます。私はドライバーのランク・ハイマンです」  ヒカルは椅子に座ったまま、チラリ・チラリと二人の様子を見ていた。  ドイツ人の男性は名刺を出し挨拶をしたが、佐為は名刺を出さなかった。  仕事の相手じゃないから出さないのかなと、俺は思っていた。 「私は藤原、彼は進藤です。宜しくヘル・ハイマン」 「ランクと呼んでください。それではご案内します」 「ヒカル行きますよ」 「ん……」  返事をし立ちあがった少年? が、また驚くほど可愛い。前髪が金髪なのは、染めてるのかそれともハーフなんだろうか?  俺の顔を見てニコッとして頭を下げた。本当に可愛いな。念の為言っておくが、俺は妻を愛している。  乗車してから、ヒカルはドライバーの名前がランクだと教えられた。兼、観光案内もしてくれるのだそうだ。  俺は佐為に教えられた、辿々しい日本的なドイツ語で挨拶をした。通じたのか心配だったが、満面の笑みで返事をしてくれた。横で佐為もにこやかにしているから、ホッとした。  ランクが今日の予定を確認する。 「それで大丈夫です」  こちらは淀みないドイツ語で佐為が応じる。 「ドイツ語がとてもお上手ですね。こちらに住んでた事があるのですか?」 「いえ、住んだことはありません。仕事上やむなくです」 「そうですか。それでは先に【ノイシュヴァンシュタイン城】 へ向かいます」  こうして俺達はランクが運転する車で向かった。  道中色々な場所を観光案内をしてくれる。それを佐為が俺に通訳して聞かせてくれた。佐為が言うには彼は中々優秀な観光案内人のようだという。  1時間程走った所で小休憩。あったかい飲み物を飲む。佐為はランクに何を飲むか聞いていた。  佐為とランクは、すっかり打ち解けて話している。俺一人蚊帳の外かとボーッとしていた。仕方ないよな、話せないんだから。  でも佐為は大事な事はちゃんと通訳して聞かせてくれた。其れに景色が素晴らしいから退屈はしない。但しスゲェー寒い。佐為に買って貰ったキャスケットとマフラーをしてきてよかった。  後で佐為に訊いたら、観光ハイヤーの仕事について色々話していたらしい。  時々助っ人を頼んだりはしているらしいが、今は一人だけでやっていて、もう少し大きくするのが夢だそうだ。 「坊っちゃんはハーフなんですか?」  ランクがそう聞いたらしい。佐為がさも可笑しそうに笑っている。 「こう見えても今年20歳になる、れっきとした日本人です。多分あの髪の色は、隔世遺伝かもしれません」 「20歳! これは失礼を。15・6歳かと思いました。日本の方は若く見えます」  佐為がヒカルは15・6歳に見えたそうですって言った時は、ちょっとクサったが「日本でも若く見られるから慣れてます」と返事しておいた。  そこから1時間程で【ノイシュヴァンシュタイン城】 に到着した。雪景色を背景にして凄く美しいお城だった。  お伽話に出て来るお城のイメージにそっくりで、成る程モデルにしただけあってディズニーランドの城によく似てる。  あっ違うか。あっちが似てるんか。 「佐為、すっごいきれいだな。中も見学出来るのか?」 「出来ますよ。チケットも予約済みですから」  ランクの案内で中の見学もスムーズに進む。 《バイエルン王ルートヴィヒⅡ世によって19世紀に建築されました。近隣には、ルートヴィヒⅡ世が幼少時代を過ごし、彼の父親が所有していた【ホーエンシュヴァンガウ城】 があります。こちらは後でご案内します。 【ノイシュヴァンシュタイン】 という名は、現在【ホーエンシュヴァンガウ城】 のある地に、かつてあった【シュヴァンシュタイン城】 にちなみ、1890年になってから付けられた名であり「ノイ(Neu)」 は「新しい」 という意味です。  建設当時は【ノイホーエンシュヴァンガウ城】 と呼ばれていました》 と説明してくれた。  童話の世界に迷い込んだような錯覚を覚えるぐらいキレイ! 何もかもが珍しい。見学時間もアッという間に終わってしまった感じがする。マリエン橋からの眺めは定番ということで、結構な人達がいた。  父さんや母さん、祖父ちゃん祖母ちゃんにも観せたいなと思った。いつか絶対連れてきてあげたい。 「本当は【ホーエンツォレルン城】 に行きたかったのです。日本ではあまりにも【ノイシュヴァンシュタイン城】 が有名になってしまいましたが、【ホーエンツォレルン城】 は別名『天空の城』 と呼ばれ、ファンタジーの世界から抜けだしたような美しいお城なんです」 「なんで其処にしなかったんだ?」 「ミュンヘンから遠いんです。何処かで一泊しないと日帰りは無理です。今回は時間の余裕がないので、次に来た時にしましょう」 「そっか。でもここも綺麗だよ佐為。横からの眺めより正面からの眺めがいいな」 「そうですね」 「佐為が王子様の格好したら似合いそうだ」 「私よりヒカルの方が、似合うと思いますけどねぇ」  麓のチケット売り場で、絵葉書や小物アクセサリーと、お城の模型も買った。  ランクに娘さんがいると聞いていたので、可愛いヌイグルミのアクセサリーをプレゼントした。ランクはとても喜んでくれ、俺を目一杯ハグした。  昼食はお城からすぐ近くの、小ぢんまりしたホテルのレストランでバイエルン料理を食べた。ランクが美味しいですよと言うので期待していたが、本当に此処の料理が、スゲェ美味かったのなんのって。  コース料理の他に単品で追加も頼み、佐為のデザートも俺が殆ど食べた。 「凄く細いのに食欲旺盛ですね」ランクがビックリしていた。  食事休憩を終えて、次の目的地【ホーエンシュヴァンガウ城】 に向かった。結構近い所に位置してた。  こちらは同じお城でも、さっきの城とは大分趣が違う感じがする。  でも内装とか調度品というか、どちらも凄く豪華でビックリだ。これって昔のままなのかって訊いたら、ランクがそうだと教えてくれた。    お城巡りも終わりハイヤーに乗ったら、時間がまだあるので「ヴィース教会」に寄ってみませんか? とランクが言った(らしい)。佐為は是非にと頼んだ。 「ヒカル、時間がまだあるので【ヴィース教会】 に寄って行きます」 「教会? 其処近いの?」 「近いです。世界遺産に指定されてます。一見の価値ありの教会ですよ」  そして到着した教会を観て、驚きに目が飛び出しそうだった。 「ドワァー! これホントに教会なの?」  そう思わず言ってしまったぐらい豪華絢爛な教会だった。絵葉書とか美術の雑誌に載ってるような装飾。お城も圧倒されたけど此処も凄い。ロココ調と言うらしい。  天井にも絵が描いてあって、佐為がフレスコ画だと教えてくれた。建築設計とフレスコ画を描いたのは、ツインマーマンの兄弟で、世界遺産に指定されるだけのことはあるとなと思った。  帰りの車中では興奮して、俺はランクに一生懸命語りかけた。勿論日本語だけど。  ドイツの景色は素晴らしいし、お城もおとぎの国に迷い込んだようで本当に凄い! と言うような事を話し、佐為が通訳して伝えてくれた。  ランクは嬉しそうにしていて、何度もダンケと言っていた。 「日本にも素敵なお城がありますよね。私も一度見てみたいと思っています。それに春のサクラ、秋の紅葉。日本の四季は風情豊かで、じっくり堪能したいです。ソレに温泉! 俺は温泉も大好きなんです。家族とよく行きます。日本とドイツは共に温泉大国ですから、共通点も多いです」 「温泉いいよね。俺も好き! じゃあ、チャンスがあったら家族みんなで日本に遊びに来てよ。俺待ってるから」  佐為は通訳しながら、何故かニヤニヤ笑っていた。  その笑い方が優しく微笑んでいるような笑い方ではなく、何か含んだような様子に見え、俺は不思議に思っていた。その理由は数年後に氷解することになる。  こうしてこの日の観光を終えホテルに戻った。佐為は料金とかなりのチップをはずんだみたいだ。  佐為はその時に名刺を渡していた。  ランクは名刺を見て、非常に驚いた顔をしていた。佐為とランクは2~3分話しをしていた。勿論俺には、何を話してるのか全く解らんちんだったが。 「ドイツにいらっしゃったら、また是非声を掛けてください」  ランクと握手して別れた。ホテルの玄関を入る時後ろを振り向いたら、ランクはまだ立って見送っていた。  俺が手を振ったらランクも振り替えしてくれた。  こうして棋聖戦第一局の旅程を終え、帰国の途に着いた。  その後は、棋聖のタイトルも手にし、佐為と愛を確かめ合う仲になり、その直後、暴漢に襲われるという事態に見舞われ、その年の夏頃までは波瀾万丈の日々を送っていた。  そして9月20日、法的にも精神的? にも大人として扱われる、ヒカル20歳の誕生日を迎えた。  佐為からは乗用車一台と、スーツが2着プレゼントされた。両親からもスーツが2着プレゼントされた。誕生日で無くても、佐為からは色々なプレゼントはあるのだが。    佐為はランクとハイヤー事業についての、コンタクトを取っていたらしい。何回かドイツに出張に行っていた。  藤原コンツェルンでは、ドイツにホテルを進出させる計画があるようだ。  ホテルウィステリアは、お客様に最高のラグジュアリーな設備ときめ細やかなおもてなし、日頃の喧騒やストレスから開放してくれる空間を提供する、高級路線で運営されているホテルなので、日本でも2箇所しかなく、世界でも6箇所程しか無い。  従業員の教育マナーも徹底して行われる。それ故、むやみやたらとホテルの数を増やすことは無いそうだ。  俺は佐為の仕事に関しては全く解らないので、詳しいことは訊かなかったが、どうやらランクが会社の設立をするのに、資金援助するみたいな事を言っていた。   「なんでまた、ランクの援助しようと思ったんだ?」 「彼の仕事振りを見て判断したんですよ。彼なら出来ると」 「資金の援助するってことは、佐為のほうも仕事なんだろ? 藤原コンツェルンは儲かるの?」 「儲けが出ないような仕事はしませんよ」 「あっ、そう……。それはやっぱホテル進出の一環としての資金援助なんか?」 「その通りです」  なんで儲けが出るって判るんだろ。俺には判らんぞ。やっぱ会社の事業っていうのも、一種の博打と一緒なのかもしれないな。 「あのさぁー、今すぐじゃなくていいからさぁ、俺、祖父ちゃんや父さん達をドイツに連れて行きたいんだ。冬はちょっと困るから、暖かい時季にと思って。で、佐為も一緒に行って欲しいんだけど、駄目かな?」 「おや、まあ~。それはそれは」 「なんだよ、おやまあ、それはそれはって」 「いえね、ヒカルも大人になったんだなぁ~って思ってね」 「……なんかムカツクなぁ~その言い方。俺は大人だっちゅうの」  そう言って腰に手を掛けてふんぞり返った。 「おおー素晴らしいヒカル。では、義務と責任が伴うのも忘れないようにね」 「…………」  ヒカルの頬がヒクヒクッとして、苦虫を噛み潰した表情に変わりつある。佐為はニヤッとしながら眺めていた。 「時々は子供でもいいかなぁ~なーんて……」 「子供の時は終わりを告げたのですよ。でも子供のような夢をいつまでも変わらず持ち続けるのは、いいと思いますよ」 「なんだよぉー。俺だって佐為に甘えたい時だってあるんだぞ」 「私に甘えることは、まったく問題無しです。でも甘えは駄目ですよ」  頭の上でたくさんのクエッションマークが手を繋ぎ、マイムマイムを踊っている。 「……なにソレ? 意味解かんねぇ。一緒じゃないのかよ」 「甘える事と、甘えは似て非なるものです。貴方は碁打ちになった時から社会に出て、色々な経験を積んできたでしょう? 解るはずですよ。考えてごらんなさい」  そう言ってヒカルに口づけた。 「そう言えば今日は秀英君達が来るのでしょ? 何時頃到着予定なの?」 「11時頃に空港に到着予定だって。あと、塔矢達とかも来ると思う。あの……、佐為?」 「はい?」 「その……永夏と喧嘩しないでよ。仲良くしてとは言わないけどさ、俺の言いたいこと解るよね、ね!」  口づけされた体勢のまま、縋り付くように佐為を見上げ、必死の懇願だ。  そのヒカルの様子に笑いが抑えきれず、思わず顔が笑んでしまった。 「そうですねぇ~。どうしましょうかねぇー」 「佐為!」 「解ってますよ。出来得る限り、善処します」 心配しなくても大丈夫ですよ。そう言って背中をポンポンと優しく叩いてくれて、佐為は出かけて行った。  後にはソファーに座り、難しい顔をしながら考えこんでいるヒカルが、一人残された。 「ウーン……似て非なるもの……ね」  甘える事と甘え……か。  佐為に甘えるのはいいんだぁ。  端正な面差しが締りのない顔で笑み崩れ、デレデレ~っとソファーに転がる様は、とてもじゃないが人様に見せれる姿とは言い難い。だが、その顔はとても晴れやかで幸せに満ちている。  暫く幸せの余韻に浸っていたヒカルだったが、ハッと気付き慌てて身体を起こす。誰も居ないのは分かっているはずなのに、つい周りに視線を走らせてしまった。  お昼と夕ごはんは、ケータリングを頼んでくれたし、飲み物やお菓子は昨日のうちに用意した。  碁盤は一つしか無いので佐為が持ってきてくれたし、足りなければマグネット碁盤を皆持ってるし大丈夫だな。 「佐為も永夏も強情だから、扱いが難しくて参るよな。うーん、みんなが来るまで文字の練習でもすっかな」  考えることをさっさと放棄したヒカルは、みんな早く来ねえかなぁと思いつつ教本を開いた。                                   【後編へ続く】

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