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想恋歌

終章 行く先を照らす導 第四十九話                             2015.4.4

 鈴城 香(すずしろかおり)。  祇園で芸妓(げいぎ)をしていた女性で当時25歳。芸妓名は「鈴千香」  ヒカルとは舞妓の時からの顔見知りであった。  元を質せば、佐為が京都に行き馴染みのお茶屋で寛ぐ時に、贔屓にしていた芸妓の妹分であった為、結局の所、佐為が仲介役になったようなものだ。  運命の皮肉とは、香が重篤な病を発症してしまったことだ。  身体の調子がよくないという自覚はあり、妊娠したことによる影響なのか、風邪を引いて長引いてるのだろうと香は思っていた。定期検診に行った時に事情を説明し、精密検査を受けて判明した。  香は妊娠の事は、置屋の女将であるおかあはん、姉さん格の千代菊にも伝えてあったが、ヒカルには妊娠したことは告げていなかった。香は父親が誰なのか、どうしても口を割らなかった。  しかし病を得たことにより、女将も千代菊も黙って見ている事は出来なくなった。    香に万が一の事があれば、生まれてくる子は孤児となってしまう。それではあまりに可哀想じゃないか。  実は香自身も、幼い頃に両親を事故で亡くし孤児であった。だが、施設に行くことは無く、置屋の女将が母代わりとなり育ててくれた。女将は仕事の上でも私生活でも、文字通り香の「おかあはん」なのである。  香も、ここに至り、ようやく父親の名を明かにした。生まれてくる娘には幸せな人生を送って貰いたい。  自分は運良く「おかあはん」 に育てられて、一人前の芸妓にしてもらえた。  だがこの娘にも、運良く手を差し伸べてくれる人が現れるかどうかわからない。おかあはんも歳を重ねて、無理の出来る身体じゃない。千代菊姉さんも、もうすぐ結婚して芸妓を引退する。  鈴千香は売れっ子の芸妓で、特に舞は祇園一と謳われる。芸妓は舞妓の時分から、唄・踊り・三味線と厳しい修行をする。その中から自分の得意な芸事には、特に磨きをかける。  千代菊は唄と三味に非常に優れていて、佐為は千代菊のそれらを非常に好んでいた。佐為が指名を出すのは千代菊だけで、他の舞妓や芸妓はお茶屋に任せてある。その時に一緒に来たのが鈴千香であった。  佐為は鈴千香の踊りの巧さにいたく感嘆し、以来必ず二人を呼ぶようになった。  そしてヒカルも、何度か佐為に連れられてお茶屋に行ったので、舞妓や芸妓の何人かは顔見知りになった。  襟替えするときも、佐為がかなりの援助をして、すんなり芸妓となった経緯がある。  故に鈴千香は、若様(佐為)に申し訳無いという気持ちを強く持っていた為に、なおさら父親が誰なのか話せずに来てしまった。  女将と千代菊に問い詰められ、白状さぜるをえなくなった香は、この時すでに妊娠34週で出産間近。 「そのお子がヒカルはんの子だと言うのは、間違いおへんのか? 他の男はんの胤ということはあらしまへんのか?」 「間違い無いどす。あの頃半年ばかり前から、お付き合いしてる人はいません。勿論ヒカルはんとの後も誰ともあらしまへん。もうそんな気分やなかったのどす」 「とにかく明日お医者に一緒に行きます。千代菊、あんたも一緒にきておくれ」 「へぇ、おかあはん。香、もう休みなはれ」 「はい。……おやすみなさい」  芸妓になると独り立ちをするので、もう置屋に住んではいないのだが、今夜は遅くなったので置屋に泊めてもらうことになった。鈴千香が部屋に引き上げたのを確認し、二人でヒソヒソと話しだした。 「おかあはん、どうします。若様に相談せなあきませんやろ」 「そうどすな。でも本当にヒカルはんの子かどうか、どないして証明しますのや」 「そら、DNA鑑定して、親子関係を立証するしかあらしまへんえ」 「やっぱりそれしか手は無いのやなぁ。おなごには父親が判るけど、おとこはんには判らしまへんわなぁ」 「そうどすな……。おかあはん、私らも寝ましょう」  明くる日、病院での診察を受け香は入院することになった。子供は生存出来るギリギリまで持たせて、帝王切開で産むことになるようだ。  そして女将と千代菊は佐為に連絡を取り、明くる日東京に向かった。   「いらっしゃい。どうぞお上がりください」 「へえ、お邪魔致します。突然お伺いして申し訳ございません」  佐為がお茶の支度をしてる間、二人は部屋の広さや内装に目を奪われ、流石に若様は趣味が良いですね。などと会話していた。 「若様、お手伝いの方は居てはりませんの?」 「ええ、普段はおりません。お客様が多い時は頼みますし、掃除は本家から来てくれますから。それに今日は、何やら込み入ったお話がありそうですし」  そう言って二人の顔を等分に眺めていた。女将と千代菊はお互い顔を見合わせて、頷きあった。 「今日は、ヒカルさんはおいでやありませんの?」 「友達と出かけております。ヒカルに用なのですか?」 「はい。私からお話します。若様、異論があるかもしれませんが、一応最後までお話聞いてくださいませ」と、千代菊が口火を切った。    千代菊は、これまでの一連のあらましを語った。佐為は黙って話に耳を傾けていた。暫く3人とも言葉を発する事無く座っていた。 「鈴千香はあとどのぐらい生きられると」 「お医者の話では、もって2年だろうと。場合によっては、それよりも短いかもしれないと」 「2年……。たった2年ですか……」  これには流石に驚きを禁じ得なかった。  佐為はスマホを取り出すとヒカルに電話をかけ、家へ帰って来る様に呼び戻した。電話の向こうで「なんで?」と抗議してる声がしていたが、とにかく帰りなさいの言葉に、しぶしぶ承知したようだ。 「それで、女将達は何を希望しているのですか?」 「生まれてくる子供の認知と、その後の養育に関してです」 「それは、その子がヒカルの子だという前提にたったお話ですよね」 「その通りです。私供としても鈴千香の、香の話を信用するしかありません。ですからまずヒカルさんに、そういう事実があったかどうか、確認しとうございます」 「解りました。ヒカルが帰るまでにまだ少しあります。お茶を入れ替えてきましょう。お菓子を召し上がれ」  お茶を入れ替えながら、佐為は重い溜息をついた。ヒカル何故黙っていたのだろう。私が怒るとでも思ったのだろうか。別に怒ったりなどしないのに。  帰宅したヒカルは、塔矢と和谷と社を伴っていた。  女将と千代菊が立って挨拶するのを目に留め、ヒカルは硬直したまま突っ立っていた。その様子で、やっぱり本当なんだなと佐為は感じとった。 「皆さんにご紹介しておきます。こちらは祇園の置屋の女将で島村さん、そして芸妓の千代菊さんです。彼らは全員プロの囲碁棋士で、向かって左から塔矢君、和谷君、社君です。塔矢君、悪いですがお茶は自分達で入れてください」 「はい、わかりました」  緊迫した雰囲気に、3名とも只ならぬものを感じ、キッチンに向かった。 「おい、俺ら一緒に来て拙かったやないんか?」 「そんな事言ったって、もう来ちゃったんだから、仕方ないじゃないか」  キッチンは来客スペースからは死角になっている為、3人はボソボソと話していた。お茶を入れ終わってから、ダイニングのテーブルスペースに落ちつき、応接間を注視していた。 「塔矢さんというと、可奈子様とご結婚された方ですか?」 「そうです。ヒカル座りなさい」  未だ突っ立ったままのヒカルは、佐為に促されようよう動き出した。 「あの、皆さんがいらっしゃるところでお話しても、構わないのでしょうか?」 「大丈夫です」と、ヒカルが答えた。 「ヒカル、女将と千代菊さんは鈴千香の事でいらっしゃたんです」 「はい……」 「ヒカル、鈴千香と関係を持ったと言うのは、本当なんですか?」  この時点で、ヒカルが後ろめたく思っているのは、佐為に対してだけ。佐為がどう思っているのか、という事だけだった。  佐為とパートナー関係を築いているとはいえ、法的にはヒカルも香も独身。大人の男性と女性が合意の上で、一夜の関係を持ったとしても、それを周りからとやかく言われる筋合いは無い。  厳密に言うならヒカルは最初拒絶した。積極的だったのは、むしろ香の方だった。香はヒカルを好いていた。だが、ヒカルにはそんな気は全く無かったし、付き合うことも結婚することも出来ない相手と、そういう事をするのは気が引けた。  臆病とも慎重とも言えるし、それともお堅いと言われるだろうか。 「据え膳食わぬは男の恥」とか言う言葉もあるが、今まで女性と付き合った事が無いので、やはりどうしても躊躇する部分があった。  だが、アルコールの勢いも手伝い、結局はベッドインしたのだからお互い様だ。  ずっと俯いているヒカルだったが、顔をあげハッキリと答えた。 「…………本当です」  ダイニングでは座って耳を傾けていた3人が、ギョッと目を剥いた。 「鈴千香は妊娠してるそうです。既に出産間近です」 「エッ!」 「鈴千香から何も聞いてないの?」 「何も、何も聞いてない。あの後一度も会ったことも、連絡取った事もないです」 「そう。それから鈴千香は病を得ていて、もう長くは生きられないそうです」 「ッ! ……う、そ。そんな、なんで……」 「鈴千香はヒカルの子だと言ってます。それはDNA鑑定すれば判ります。今は出生前でも鑑定出来ます」 「……香ちゃんは、そんな嘘やデマカセを言う人では無いと思う」 「私もそう思ってます。鈴千香は気性の真っ直ぐな優しい子です。だからと言って、相手の言い分だけ信じて事を収める訳にはいきません。通常の関係ではありませんから、事実はきちんと、明らかにしておかないといけません」 「若様、私からヒカルさんにお尋ねしても、よろしいですか?」 「どうぞ」 「ヒカルさん、お子がヒカルさんの子供だと確定した場合、子供の認知はしてくださいますか?」 「はい、俺の子ならします。だけど結婚は……」 「結婚の話は今はしなくてもいいと思います。鈴千香もお二人の事はよく承知しています。ですからそれを望んでる訳では無いです。今は生まれてくる子供の事が心配なのだと。多分自分が病に掛からなかったら、あの子は父親の事も隠し通したと思いますし、自分一人で子供を育てるつもりでいたのだと思います」 「では鈴千香は、ヒカルの事は女将達にも言って無かったのですか?」 「ええ、どんなに訊ねても言いませんでした。あの子も強情な所がありますから……」  女将も千代菊も自嘲気味に静かに笑った。 「子供の性別は?」 「女の子だそうです」 「女の子……」  ヒカルがボソッと呟いた。自分の子かもしれない子供が生まれると聞いても、実感として全くピンと来ない。今のヒカルの状態はそんな具合だ。  近日中には鈴千香のお見舞いに、ヒカルと一緒に行くこと。  今は鈴千香が、無事に出産に専念出来るように、配慮することが先決。  DNA鑑定は早急にこちらで手配する。準備整い次第連絡を入れる。  鑑定の結果は早くて2週間、場合によっては1ヶ月かかることもあるが、状況が緊迫してるので、割り込みで超特急でするよう依頼する。  以上の事を打ち合わせをし、女将達は佐為が手配したホテルの部屋に、タクシーで引き上げていった。  重苦しい沈黙が支配する。  何が言わなければと思うのだが、唇が貼りついてしまったように動かせない。それでも何か言わなければと、意を決して言葉を掛けた。 「佐為、あの……」 「ヒカル、今週と来週のスケジュールを、教えてください」 「…………」 「ヒカル」 「……持ってくる」  持ってきたスケジュール表を確認した佐為は、ヒカルに告げた。 「お休みの日は、予定を入れないようにして。今から鑑定する所を当たります」  そのまま書斎に行こうとするので、思わず叫んでしまった。 「なんで何も言わないんだよ!」 「……何を言って欲しいのですか?」 「ヤッパリ怒ってるんか? 俺、俺……、ゴメン。佐為ゴメン」 「ヒカルは何に対して謝っているの。女性と寝たこと? 子供を作ってしまったこと? それとも、私に黙っていた事なの」 「そ、それは……」    ダイニングでは3人が固唾を呑んで見ている。誰かのゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。  社は(うわぁぁぁ~、修羅場やんけぇ。進藤大丈夫やろか? 青白い炎が、こうユラユラ~と燃えていてだな、一見穏やかな感じにみえるのだが、底知れぬ凄味を感じさせるやんけ。まだ大爆発して、当たり散らした方がマシだよなぁ) と思っていた。 「時間がありません。話は後です」  踵を返し書斎に行ってしまい、ヒカルは息を呑んだ。  言葉を発しようとしたが、結局何も言えず、その場にポツンと取り残された。  進藤が一人になったのを見計らって、側に近寄っていく。 「おい、大丈夫か?」と肩に手をかける社。進藤の前に回り込み、顔を覗き込む塔矢。 「進藤? あっこら、泣くな!」  眼はみるみる真っ赤になってきているが、かろうじて涙は堪えているようだ。 「アホォ、ええ大人が泣くんじゃねぇ」 「泣いてない! ウゥ……」  そう叫んで拳を握りしめているが、身体はワナワナと震えている。 「進藤、君が今考えるのは、佐為さんの事じゃなく、君の子供を出産しようとしている女性の方だよ」 「俺の子かどうか、判んないじゃんかよ」  さっき自分が、香ちゃんは嘘やデマカセ言う子じゃないって言ったことは、すでに忘却の彼方らしい。 「お前、避妊せんかったんかい」 「した。けど、ちょっと失敗した……かも」  あ~あ、もう~と、和谷がため息をつき項垂れる。 「バッカだなぁお前。もっと上手いことやれよ。女と寝ただけだったら何の問題もないのに、子供が出来たとあっちゃあ、腹を括るしかねぇな」 「腹括るって、どういう……」 「そりゃ、籍入れるとか一緒に暮らすとか、色々だわなぁ」 「イヤダ! なんでそんな」 「まあまあ、落ち着かんかい。それはお前が藤原さんとよう相談してだな、決めりゃええことやんけ。今はアレコレ考えても纏まらんとちゃうか?」 「おい、ところで俺達どうするよ? このまま帰るか」 「帰るのか? ……みんな……」  この時のヒカルは、実に情けない顔をしていた。まるで母猫に置いて行かれる、子猫の様に頼りなさげな風情だったらしい。  未だ少年の様な容貌を持つヒカルは、実生活においても少年と間違われる事が少なくない。精神的には歳相応にしっかりしてるのだが、佐為が絡むと途端に気弱な部分が頭を出す。  ちょっとここで待っててくれと言い置いて、塔矢は佐為の書斎に向かった。  扉をノックし「塔矢です」 と声を掛けると「どうぞ」 と返事があった。 「すみません、お邪魔して」 「大丈夫ですよ。どうしました?」 「あの進藤連れて、夕食食べに行って来てもいいですか?」 「ああ~、もうこんな時間ですか。貴方達は時間大丈夫なんですか? 可奈子もあかりちゃんも、身重の身体なんですから。可奈子の体調はどうですか?」  塔矢の妻となった佐為の姪・可奈子。二人の間にはもうすぐ二歳になる男の子。そして現在は二人目の子を妊娠中だ。そしてあかりも、二人目の子供をもうすぐ出産予定。 「はい、ツワリも治まって安定しています。今日は橘の義母と僕の母が来てるので、そんなに遅くならなければ大丈夫です」  現在は若夫婦だけで、マンションを借りて生活をしている。  可奈子は、最初から塔矢の家で暮らしても良い、と言ったのだが、アキラの母・明子が、若いうちは二人だけで暮らした方がいいと助言した。  どっちみち、今は海外に行くことが多いし、時々家の様子を見てくれれば助かるとも言っていた。 「そうですか……。ではお願いします。ヒカルはどうしてますか?」 「泣きそうです」  塔矢の返答に思わず苦笑してしまった。塔矢も同じように笑いを噛み殺している。 「あの佐為さん、進藤を怒らないでやってください。相当堪えてるみたいです」 「怒ってなどいませんよ。女性が抱きたかったら、そうしてもいいと言ったのは私ですから。まあ子供が出来てしまったのは、予定外でしたけど……」 「そうなんですか? ……じゃ行ってきます。佐為さんの食事、何か買って来ます」 「では、お願いします」 「はい、行ってきます」  物問いたげな三対の視線に迎えられた塔矢は、夕ご飯食べに行くぞと声を掛けると「佐為は、……どうしてた?」 と、心配そうに訊ねるヒカル。 「ウン。あちこち心当たりに連絡取ってるみたいだよ」 「…………」 「和谷、今夜はもう帰ったほうがいいんじゃないか。あかりちゃんと一翔(かずと)君が待ってるんだろ」 「いや、大丈夫だ。今日は実家に泊まる予定だ」 「あかり、順調か?」  お腹の大きくなったあかりを初めて見た時は、少なからず驚いた。それまで妊婦さんを見てなかった訳ではない。街にいればそういう人にも行き交うが、自分の身近な女性の妊婦姿は、ヒカルにとっては畏敬の念を抱かせるものだった。女性って凄いなぁ~と、心から感動したものだった。 「おお、順調順調。お前の事話して聴かせたら、びっくりして子供が飛び出して来るかもな」 「話すのかよ……」 「話すさ。黙ってる訳にはいかないんだから」 「その……、妊娠中なんだから、不安定だろ? 心のバランスとかさ。だから出産してからのが、いいんじゃないか? なぁ~と、俺は思うんだけど」 「それはそうだけど、出産後の方が、もっと不安定になりやすいの」 「そうなんだ?!」  駅前の回転寿司に入り、そこで佐為の夕食も調達した。  ヒカルは言葉少なく、黙々と食事に専念しているので、3人で会話をしていた。  結局の所、今まで恋人として付き合ってたとか、結婚を前提とした付き合いをしてた訳では無いので、子供が出来たからといって、いきなり籍入れるとか一緒に暮らすってのは、酷だと思うということで、意見が一致した。  何にしても鑑定の結果待ちで、具体的な相談はそれからしか出来ない。  佐為の食事を持たされ、ちゃんと向き合わなきゃ駄目だぞと諭され、3人にマンションの下まで送られて、ヒカルは佐為の待つ部屋に帰った。

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