想恋歌
終章 行く先を照らす導 第四十六話 2015.1.25
本因坊。 江戸時代の安井家・井上家・林家と並ぶ囲碁の家元のひとつ。 織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑に仕えたとされる日海(一世本因坊算砂 )を開祖とする家系。 「本因坊」の名は、算砂が住職を務めた寂光寺の塔頭の一つに由来する。 「本因坊」はもとは連声して「ほんにんぼう」と読んだが、囲碁の普及に伴って「ほんいんぼう」と読まれるようになった。 以降5人の名人を含め多くの名棋士を輩出し、江戸期を通じて囲碁四家元、将棋方三家の中で絶えず筆頭の地位にあり、道策・丈和・秀和・秀策・秀栄などは、中でも高名である。 明治以後にもその権威は受け継がれるが、昭和13年二十一世本因坊秀哉 が引退した際、その名跡を日本棋院に譲渡し、家元制から実力制に移行することとなった。 昭和16年第一期本因坊戦が開催され現在まで続いている。 雅号を名乗るには、本因坊のタイトルを獲得すれば名乗れる。 名誉称号は本因坊戦を5連覇以上、あるいは通算10期以上獲得した棋士に、引退後または現役で60歳に達した際に、○○世本因坊を名乗る権利を得る。 実はヒカルは、この様な難しい事柄は、ま~ったくと言っていいほど知らなかった。ただ佐為が虎次郎の身を借り、一緒に本因坊秀策となった事だけは解っていた。ヒカルにとっては、只それだけの理由だけで、充分だったのだ。 だが、本因坊の挑戦手合が始まる前に、佐為がヒカルに語って聞かせた。 「雅号ってのは、本因坊秀策っていう名前の事?」 「そうですよ。でも今の時代雅号を付けても、詳 らかにする方は余りいないです」 「なんで?」 「う~ん。畏れ多いと思ってる方もおりますね」 「つまり?」 「紹介される時に本名でなく、本因坊○○って呼ばれるのが畏れ多い、もしくは照れくささもあるのかもしれませんね」 「あー、そういう事か。そうだなぁー、俺もタイトル取ったとしても、そうやって呼ばれるのはイヤかなぁ。桑原のじっちゃんぐらいの齢になるか、死んだ後だったらいいけど」 佐為の膝枕で、ソファーにゴロンと横になりながら、話を聴いている。 どうして佐為がこんな話をしているかというと、以前対局料の話になった時に、ヒカルが全く解っていなかったのが原因なのだ。以来佐為は無駄かと思える事でも、根気よく話して聞かせる様になった。 *** その対局料の話とは、ヒカルが20歳の誕生日を迎えた2ヶ月後。 12月の中旬から、佐為と一緒に暮らし始めた頃。 ヒカルがそれまで住んでいたアパートには、社が引っ越してきた。 大家さんに修繕しなくてもいいからと、二人で必死に頼み込み家賃を2万円安くしてもらった。 月々の2万円はとても大きい。その代わり2ヶ月に1回指導碁付き、という条件を出された。 その話をしたら佐為は笑っていた。 「社君も、上位戦に上がって来てるから、かなり稼ぐようになったのじゃないですか?」 「どうなんだろう? 俺わかんねぇ」 「……ヒカル、まさかと思いますが、棋戦の対局料が一局いくらか知ってますよね」 「う~ん、実を言うと細かくは知らない」 「振込の金額を見て、どの棋戦の対局料だとか、内訳は判るの?」 「ぜんぜーん。今月はこんだけかぁ~って見るだけ」 「棋院から明細を貰ってるでしょ。確定申告に必要なんですから」 「自分で確定申告したことないから解かんねぇ」 「……誰が確定申告に行ってるのですか?」 「母さんだけど……」 なんだか佐為の顔が、段々とこわばってきてるんだが……。 「……対局料が何処から支払われているかは、流石に知ってるでしょう?」 「モチ知ってるさ、棋院じゃんか」 佐為は唖然とヒカルの顔を眺め、それからガックリと項垂れた。これは誰かがきちんと教えなかったのが悪いのか、それともノホホンとしているヒカルが悪いのか。いや、プロになった時に、棋院側から説明があったと思ったが。 この子はお金に無頓着な所がある。いずれにしてもタイトルホルダーが、こんな基本を知らなかったでいい訳がない。 「佐為、どうしたんだ?」 「ヒカル!」 「ひゃい!」 突然鋭く呼ばれて、思わず背筋がのびる。 「お勉強ノートと筆記具を持って来なさい」 「ヘッ、なんで?」 「いいから早く持って来なさい」 はぁいと返事をして立ち上がった。佐為コワぁ~。なんで怒られてるのか解らないヒカルなのだが、とにかく言われた通りに、自分の部屋からお勉強ノートとボールペンを持って来た。 (お勉強ノート) 教えられた事を、きちんと書き留めておく様にと、佐為が用意させたものだ。文字の練習にもなるし、書き留めることで忘れないようになる。 ノートと筆記具を持って来たヒカルは、ソファーではなくカーペートの上に座った。文字を書くにはソファーに座ってると書きにくいのだ。 「要点だけ書き留めなさい。まず対局料は棋戦毎の各スポンサーから払われます」 「えっ、そうなの? だって振込は日本棋院の名前になってるぞ」 「振込するのは棋院ですが、払ってるのはスポンサーです。棋院はそれ程金持ちじゃありません」 「あの、〇〇新聞社とかいうやつ?」 「そうです」 「知らんかった……」 「それから確定申告は来年度から自分でやりなさい」 「えー! そんなの解かんないよぉ」 不満たらたらの顔でゴネまくる。 「自分で出来なければ税理士に代行して貰いなさい。申告書は本人が記入するか税理士以外は法律違反です」 「ヒェー! 佐為は自分でしてるのか?」 「勿論、税理士がしますよ」 「そういうのは会社で、源泉徴収とかしてくれんじゃないのか?」 「源泉徴収なんて言葉よく知ってますね。給与はしてくれますけど、それ以外に不動産収入や株の収入がありますからね」 「へぇ~~」 なんかいっぱい収入がありそうだな。訊いたら答えてくれるかなぁ。でもそういう事訊くのは失礼だよなぁ。 ――以下、佐為が語った対局料は、2003年3月までは段位によって対局料が違っていた。さらに四段以下の低段者は、1次予選から出場しなければならず、対局料は初段48,000円~四段64,000円。 1次予選を勝ち抜いた低段者と、五段以上の高段者が出場する2次予選では、対局料は五段127,000円~八段171,000円。低段者でも、2次予選に進出すれば五段の対局料がもらえました。さらに九段は204,000円の対局料。 ヒカルも最初は一次予選から対局したから、解るでしょ? でもこれでは、段位の高いクラスが大勢いる日本の囲碁界では、スポンサーが払う金額が膨れ上がってしまいます。ですから、2003年の4月から順次、段位と対局料の分離が行なわれるようになり、段位に関係なく棋戦毎に、予選の対局料が一律になったんです。 これによって対局料は、実力と成果に応じた報酬となります。棋戦の多くはトーナメントなので、勝ち上がらなければ対局数も増えず、収入も増えません。 「解りましたヒカル?」 「うん、解った。みんなこういう事知ってるんか?」 「普通は知ってます。生活に関わりますから。大体棋院から通達あったでしょ?」 「……覚えてない」 ここまで無頓着なのは、周りの環境があるのかもしれない。普通自分一人の力で生活し、且つ家族も養うとなれば、現状把握は大事だ。今の囲碁界で高級取りは20名から25名ぐらいかと思われる。30位ぐらいの人だと、普通のサラリーマン並みぐらいだ。 それ故、指導碁の仕事や雑誌の執筆、あらゆる仕事を請け負う。塔矢アキラ・進藤ヒカル・その他容姿端麗な若者は、別方向の仕事が舞い込む。ヒカルはお金に苦労したことが無い。これは私の責任もありますかねぇ。とその頃は痛感したものだ。―― *** 「で、その名誉称号って、秀策は何世なんだ?」 「秀策はありませんよ。本因坊家の跡目ですから」 「へえーそうなんだ。じゃ、日本棋院に移ってから、何人名誉称号が誕生したんだ」 「今の所4人です」 「たった4人……だけ?」 「そうですよ。そのぐらいの偉業なんです。ヒカルも頑張らないとね」 「う、うん」 俺大丈夫だろか? 本因坊リーグ戦は、前年度の本因坊七番勝負敗退者と、前年度のリーグ戦二位から四位までの4人に加え、予選トーナメントによって4人を選出し、計8名によるリーグ戦を行って挑戦者を決定する。 リーグ戦の五位以下は陥落となり、翌年度は再び予選トーナメントからの参加になる。この為、入りやすいが陥落もしやすいという特徴があり、たとえ勝ち越しても、陥落することは普通にある。 ヒカルはこの2年、なんとか陥落だけは免れて、リーグ戦に残ってきた。 この頃の母は、佐為との関係に関しては、仕方なく諦めたという感じだった。最初に佐為に持っていたわだかまりも、この2年でかなり和らいだ感じだ。これはひとえに佐為の態度に寄る所も大きい。 両親・祖父母に対して、真摯な姿勢を崩すことは無かった。其々の誕生日は勿論、お中元お歳暮、珍しいものが手に入れば、必ず贈っていた。旅行にも招待していた。 正夫は何度も気を使う必要は無いから、こんなことはもうしなくていいと、口を酸っぱくして言ったが、佐為は頑固なので、一度決めた事はやり遂げていた。 ――嫁にかっさらていく婿の気持ちってところですね。――と佐為は言った。俺は嫁か……。 普通の異性間の結婚に当てはめれば、そうなるのか。 佐為には佐為の、負い目があるのかもしれない。ヒカルはそのように思っていた。 同居を始めてから、家賃を負担しなくてもいいのか尋ねたら、 「ここは賃貸じゃないので家賃はありません」 「あーそうなのか。じゃ生活費はどうしたらいい? 俺はいくら出せばいい」 ヒカルは一緒に生活する以上、生活費を負担するのは当たり前と思っていたから、ごく自然に尋ねた事柄だったのだが、佐為からは思いもよらぬ返事が返ってきた。 「私はかなりの収入がありますから、貴方一人を養うぐらいどうって事無いです。私達は普通の夫婦関係は築けませんが、貴方はパートナーだと思っています。ですからヒカルに、生活費を出して貰おうとは思っていません」 「パートナー?」 「そうですよ。ヒカルはそうじゃないの?」 そっか。俺は好きな人と同居してるのだと思っていたが、違うんだ。同性同士の結婚をしたと言うことなのか。 ヒカルには同性の結婚というフレーズが頭になかった為、其処まで考えが至らなかった。 「……あーと、ゴメン。あまりそういう事を考えたことが無かった」 佐為はフッと笑った。ヒカルらしいですね。 「ごめんなさい。ヒカルときちんと話し合ってなかったですね。日本では同性の結婚は認められませんし、パートナーシップ法もありませんから、法的には只の同居人でしかありえません。でも私は、いずれはパートナーシップ法だけでも、クリアしたいと思っています。今日本を飛び出す訳にはいかないですけど……。私はヒカルを生涯のパートナーと思っています。ヒカルもそう思ってくれると嬉しいです。今度一緒に考えましょう」 「うん、解った。ちゃんと考える」 佐為に抱かれて熱いキスを交わす。 「今夜する?」 艶っぽい眼差しで媚びてくる様に伺う。こんな表情を観られるのは、この世に私一人ですね。 「昨夜も一昨夜もしたじゃないの。少しは私を休ませてくれないと。ヒカル程若くはないのですよ」 「ギリ20代じゃん。うぅ~ん。じゃ明日は我慢するから、今夜」 溜め息をつき「仕方ない子ですね。すっかり味を覚えてしまって」 「佐為が教えたんじゃんかぁ」 「フフ、じゃ頑張りましょうか」 ヒカルはこの2年で、更に綺麗になったと評判だ。愛らしく可愛らしいという面影はかなり影を潜め、凛々しく目を瞠る美しさが加わってきた。自然に醸しだされる色気がそうさせているのか、佐為に愛され可愛がられているという充足感が、そのように見せているのかもしれない。 体つきも大人の男性に近くなった。と言っても相変わらず細い。おまけに身長はわずか1cmしか伸びなかった。 会う人毎に綺麗になったと言われるのだが、ヒカルに言わせると「顔なんてどうでもいい。俺は身長が欲しい!」 のだそうだ。 そして2年の間に碁界においても、私的においても色々な変化があった。 私的には今年の始めに、佐為のお祖父さんが亡くなった。通夜・告別式にはヒカルも参列した。勿論、楊先生と黄先生もいらした。 具合が良くないのは解っていたことなので、覚悟はしていたらしいが、佐為は少し落ち込んでいるようにも見えた。自分の前ではあからさまに態度に現さないけれど。ヒカルはいつも黙って側に寄り添っていた。 これにより、お父さんが会長になり、一番上のお兄さんが社長に、叔父が副社長、二番目の兄も副社長、佐為は同じ専務取締役だけど代取に上がったらしい。歳もちょうど30歳になるし、そろそろいいんじゃないかということらしい。 代取になった為、今までの担当の事業からは外れる事になるらしい。棋院はどうするのか訊いてみたら 「ヒカルが在籍してるうちは、引き続き私がします」 そう言ってくれたので、正直ホッとした。 棋聖戦は31期、32期(第一局はブラジル・サンパウロ) も防衛。32期・33期天元戦も防衛をした。 現在のタイトルホルダーは、 棋聖・天元 : 進藤ヒカル 名人・碁聖 : 塔矢アキラ 本因坊 : 桑原 仁 十段 : 緒方精次 王座 : 倉田 厚 竜星 : 社 清春 NHK杯 : 緒方精次 阿含・桐山杯 : 門脇龍彦 まさに群雄割拠の様相を呈してきた囲碁界。 そして今年はいよいよヒカルが本因坊のタイトルに、囲碁界の妖怪爺、桑原仁に挑戦する。 昨年は塔矢アキラ、一昨年は白川道夫が挑戦したが、いずれも敗退した。 桑原は最近の挑戦者達が、実に面白くなかった。桑原はその容貌と性格で、囲碁界の妖怪と呼ばれるのだが、囲碁の実力は言わずもがな、対局以外の盤外戦における心理作戦が非常に上手い。 尚且つそれを楽しみに、挑戦者達をおちょくるのが大好きなのである。緒方などは、面白いように引っかかる。 なれどこの盤外戦に、塔矢も白川も全く引っかからなかったのだ。 「実に面白く無いわい。あの小僧はどうじゃろな」 と、それはそれは楽しみにしているのである。 桑原はヒカルがプロになる前から、非常に期待をかけていて、ある意味可愛がっているとも言える。 呼び名も「小僧」。最近はヒカルも慣れてきて「なに、じっちゃん」と返事する。 周りの棋院の職員や、他の棋士は青くなって注意するのだが、当の本因坊が――ああ、構わんかまわん――と、気にしないので、そのうち何も言わなくなった。 佐為には、――公式の場では弁えなさいね――と諭されている。 この小僧が囲碁界に現れてから、面白い人材がポツポツと現れ始めた。小僧が本因坊挑戦者となって、儂の前に現れるまでは、なんとしても本因坊を死守してみせるぞと、硬く誓っていた。 その盤外戦で自分が小僧にやられるとは、この時は露ほども気がつかない妖怪爺であった。