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想恋歌

第四章 希くはその心に 第四十四話                             2015.1.10

 一般病棟とは言い難い病室に移ってからは、毎日誰かしらが見舞いに来てくれた。どうも囲碁関係の人達は、一度に押しかけると身体に障ると言う事で、順番にやってくるようだった。  そして、あかりや津田久美子、金子と三谷、加賀まで一緒に見舞いにやって来た。 「進藤君絶対喜ぶからさぁ」 と筒井さんが、みんなで一緒に行こうよと、誘ったらしい。  俺は懐かしい顔ぶれに、思わず涙腺が緩みそうになった。其々の近況話に花が咲く。  時間がタイムスリップしたような感覚にとらわれ、ひとしきり感慨に酔いしれているヒカルに、金子の爆弾発言が飛び出し度肝を抜かれる。 「しかし進藤にこんな男気があったなんて、思いもしなかったわぁ。好きな人を庇って我が身を盾にするなんて、女冥利に尽きるわよねぇ」 「えっ……」「エッ!」「えっ?」  其々の思いが微妙にちょっとずつ違う、とりどりの音色が飛び交った病室。 「どうしたのみんな?」  ヒカルの顔は見事に赤くなり、加賀はニヤニヤ笑い、三谷は無表情、筒井は頭を抱えた。棋院では既に暗黙の了解の許、進藤ヒカル・藤原佐為の関係は認識されている。しかし外部には何が何でも絶対洩らすな。という箝口令も敷かれている。 「金子さん、ヒカルが庇った相手は男性よ」  あかりに指摘されて、今度は金子が「えっ?」と固まる。  進藤を見て周りの反応を確認して、「あ――――と。ごめん進藤、知らなかった」手を合わせて謝る。 「別にいいよ。気にしてないから」  そう言いながら恥ずかしそうに、なれど何処か穏やかな雰囲気を漂わせるヒカル。  中学生の時のやんちゃで無鉄砲、元気溌剌とした進藤ヒカルしか知らない者には、新鮮に映ったようだった。  今でも元気溌剌で、無鉄砲なのは変わり無いのだが、佐為の教育? により、言葉使いや礼儀作法・文字の練習に始まり、事細かに指導を受けている。  元来ヒカルは素直な性質を持つので、好きな相手からの言葉となれば、その期待に少しでも応えようとする姿勢が、自然と身についてくるようだ。  それからも楽しい一時(ひととき)を過ごしていたが、進藤が疲れるといけないので、そろそろ帰ることにした。 「進藤、早く良くなれよ。応援してるからな」 「ヒカル、先生の言うことちゃんと聞いて、おとなしくしてなきゃダメよ。いい」  あかりが母親のようだ。思わず苦笑しながら 「うん、わかった。みんな来てくれてありがとう」  病室を出て廊下を歩きながら「頼むからこの事は、他に口外しちゃ駄目だよ」と、筒井さんが平身低頭する。 「わーかってるよ。そんな事ペラペラ喋る訳ねえだろ」 「藤崎さんいつから知ってたの?」 「私もこの事件が起こってから聞いたの。前からヒカルには、好きな人いるんじゃないかなぁ、とは思ってたんだけどね。男性だとは思って無かった」 「へぇー、どんな人なの? 藤崎さん知ってるの?」 「うん、一度会ったことある。ものスッゴク綺麗な人。ね、久美子」 「そうそう、あんなに綺麗な男性が、世の中にいるなんて信じられない、っていうぐらい」 「へぇー、それはまた。進藤凄く落ち着いてきて、それに綺麗になった、って言うより色気が出てきたよ」  そうだね。ヒカル恋してるんだね。あかりがしんみりと呟いた。 「藤崎さん、辛くない? 進藤の事好きだったんでしょ?」 「うん、好きだった。今でも好きよ。でもどうにもならない事ってあるじゃない。一時期は落ち込んだけど、それじゃ駄目なんだって思ったの。その思いだけに囚われたら、何も見えなくなり、私は前にも後にも進めない。私らしく生きてゆくには、前を向いていかなくちゃって決めたの。だから大丈夫よ私。それに私がヒカルの幼馴染であるのは、生涯変わらないもん。それに相手が女性じゃなくて、男性だったから諦めついた」 「そっか……。じゃ私も自分らしく生きていかなきゃ」  ねぇねぇ、ケーキ食べに行かない。いいねいいね、行こう行こう。三人でワイワイ言いながら走って行った。 「女って――強いな……」  三谷がボソッと言った。加賀と筒井も同感と云うように頷いた。 「さっきケーキ食べたばっかりなのに、よく入るなあいつら」  そうなのだ。ヒカルの病室でお母さんからケーキを出して貰い、ペロリと平らげた。何しろ特別室の凄い事と言ったら。  来客用のテーブルと椅子、コーヒー・紅茶・日本茶用の茶器一揃い。和菓子、ケーキのお皿。それに付随するスプーンやフォーク。果てはナプキン、オシボリ、給湯ポットに、キッチンが完備。と言っても火を使う仕様にはなってない。あくまでも洗い物が出来、水・お湯が出るぐらい。おまけに電子レンジまである。  美津子も流石に特別室に感嘆ひとしきり。入院すると、殆ど自前で用意しなければいけない物が、此処では完備されている。美津子は毎日、ヒカルが昼食を食べる頃合いに来る。ケーキや和菓子などは、毎日佐為が差し入れている。  余った分はヒカルが食べたり、家に少し持ち帰ったり、それでも余るときは看護師の詰め所におすそ分け。  塔矢先生と森下先生が連れ立って一緒に、お見舞いに来た時は、正直ビックリしてしまった。  この二人が連れ立っているところなど、今まで見かけなかったし、森下先生は何かと言うと、塔矢門下と張りあわせようとするので、仲が良くないのかと思っていた。 「塔矢先生と森下先生って、仲良かったんですか?」ってヒカルが訊くものだから、二人は互いに顔を見合わせた。  ――お前はいつもどんなことを言っておるのだ――塔矢行洋、無言の責めの眼差し。  森下は懸命にも、同じく無言で持って返した。――そのぐらい、察しろよ―― 「別に森下と仲が悪い訳ではない。私と森下は同期なのだ。森下の若い頃の話なら、タップリ聞かせられるぞ」 「おい行洋、いい加減にしろ。そんな事暴露したら、俺もするぞ」  へぇ~~~。この二人って結構いいコンビかもと、俺は思った。ひとしきり昔話に酔いしれ語っていた。  ヒカルは楽しそうに二人のおしゃべりを聴いていた。こんな事でも無ければ、二人のこういう姿を見ることは無かったかもしれない。それを考えると、結構得した気分にもなる。 「進藤君、君の怪我が思った程でなくて、安堵したよ。よく養生して早く良くなってくれ。仲間もみんな待っている」 「はい。塔矢先生・森下先生、ありがとうございます」  入院中には、佐為のお父さんとお兄さんもお見舞いにやって来て、俺はめちゃめちゃ緊張してしまった。  たまたま母が居た時だったので、正直助かった。  佐為を庇い怪我を負ったことに対しての、謝罪とお礼を丁寧に述べてくれた。  二人共とても品の良い、ロマ、ロマ何とか――後で母さんに訊いたら、ロマンスグレーだと教えてくれた――の紳士だ。佐為も歳とったら、こんな感じになるのかなぁ~。想像するとちょっと可笑しい。   後援会に就いてくれた事に対し、俺は何の挨拶もしていない事に、ハタと気がついた。  俺は、佐為個人が就いてくれたような心持ちになっていたが、(藤原コンツェルン) の名前なのだから、企業としての関わりなのだ。正式に丁寧にお礼を述べ、お礼が遅れた事に対しての謝罪もした。  だが、それ以外俺は余り自分から話をしなくて済んだ。殆ど母が対応してくれたので、俺は問われた事だけに、応えていればよかった。  俺と佐為のことで何か言われるかと思ったが、そういう話は出なかった。知っているのか知らないのか、判断はつかない。  母さんは、――あんたの周りに居る人達って、やたらといい男だったり、やたらと貫禄のある人達ばっかりで、母さん気疲れするわ――って、ボヤいてた。  それから2~3日後には、佐為のお姉さん橘奈津美さんが、娘の可奈子ちゃんを連れて来てくれた。  母と奈津美さんは、馬鹿丁寧に何度も何度も頭を下げ、挨拶していた。そのうち頭が、床にくっ付くじゃねぇのと思いながら、俺は見ていた。  お姉さんの奈津美さんには、佐為が入院してた時に何度も会っている。お父さんやお兄さんの時の様に、緊張する事は無かった。  可奈子ちゃんは俺より一歳下の18歳、大学一年生だそうだ。お母さんに似て、とても綺麗な子だった。佐為にも似ているなと思った。  興味津津って感じで俺の事を見ている。サインくださいと強請られた。写真も一緒に撮ってもいいですかと言うと、奈津美さんが嗜めた。 「可奈子、駄目ですよ。進藤さんはまだ万全じゃないのよ」 「だってぇ~ママ。次はいつ会えるか分からないのよ。私、お友達に自慢するの。ヒカル君って、とっても人気あるのよ。ママ知らないでしょ?」 「俺、大丈夫ですよ。じゃ、母さんに撮ってもらおうか」この場合の母さんとは、俺の母のことだ。  結局、奈津美さんも仲間に入り、何枚か写真を撮った。可奈子ちゃんは上機嫌で「ヒカル君、また会いましょうね」 って帰って行った。 「可愛い娘さんねぇ。育ちの良さが滲みでてるわ。私も娘が欲しかった」 「それは、俺への当てつけ?」 「馬鹿ねぇ、違うわよ。ヒカルが生まれて来てくれて、母さん嬉しいと思ってるわ。小さい頃はヤンチャな子で、どうなるかと思ったけど、ちゃんと自分で生計の道を見つけ、歩んでるものね。男を好きになるとは、思わなかったけど……」 「ウッ――」  それが言いたかったのかよ。だが、この件に関しては、俺は一切の反論はしないと決めている。しても何の解決にもならないし、益もない。ただただ、殊勝にするだけだ。 「母さん、……ごめんな。孫も持たせてあげれないな」  沈み込んだヒカルを見て、美津子は慌てる。 「ああ~、ごめんなさいヒカル。そんな意味で言った訳じゃないの。さっ、少し横になりなさい。退院の日が決まってよかったわ」   そうしてやっと退院の日を迎えた。迎えは勿論佐為だ。でも佐為が運転する訳ではない。  その前に退院後の確認事項とやらで、桂木先生からしっかり伝達があった。  退院した後の、2週間は実家で過ごすようにと。まだ、何もかも一人でやることは駄目。何かあっても発見が遅れるからね。イヤかもしれないけど、ここはお父さん、お母さんに甘えなさいと言った。――いえ、イヤではないです。外出はしてもいいですか? と訊いたら―― 誰かが側にいるならOKだよ。  退院した後の1ヶ月の間は、1週間に1回通院。それが終わったら、1ヶ月に1回通院。2ヶ月何も無ければ、その次は半年後に来院の事。  対局は、2週間実家で過ごした後から解禁。但し、途中で具合が悪くなったら、即病院へ来ること。 「それから進藤君、セックスは退院してから1ヶ月間禁止だよ」  ニヤリとして、今言った事をちゃんと守るんだよ。わかったねと念を押す。以上の事は藤原さんにも伝えてあるから。送り迎えは当分、藤原さんがしてくれると思うよ、とも言った。  大きな目を丸く瞠り、顔を徐々に赤く染めながら、恥ずかしげに「はい」と頷いた。 「先生、色々ありがとうございました」 「うん、無理するんじゃないよ」  先生の笑顔に送られ扉に手をかけた時、「進藤君、藤原さんと仲良くね。君たち二人の幸せを願ってる」と声がかかった。ヒカルは目をしばたたかせた。が、すぐに「ありがとう先生」 と応えて退出した。  実家で過ごす日々が続く中、その合間に塔矢・和谷・伊角さん達が家に訪ねて来ると、ヒカルは打とうよとせがむ。 「打っても大丈夫なのか? 医者から駄目って言われたんだろ」 心配して言うと、 「対局は駄目って言われたんだ。実戦じゃ無いんだから大丈夫だって。疲れたらすぐ休むし」 「本当に疲れる前に言えよ」  なんだか心配だなぁと、塔矢がブツブツ呟いている。それも無理からぬことで、碁打ちは一様に、夢中になってしまうとのめり込んでしまい、時間が経つのも忘れてしまう事が多い。  それではと、打つとしたら一日一人のみ。必ず二人以上で訪問して、打たない一人が進藤の様子を見ていること、という取り決めを自分達でした。    そして、あと2・3日で自分のアパートへ戻るというある夜。  ヒカルは父と母の部屋の前に立ち、動けずにいた。20歳になったら、アパートを引き払い、佐為と一緒に住みたいと思っている。そのことを父と母に話しておこうと思い、部屋の前まで来た時、自分の話をしている二人の話し声が聴こえて来た。声を掛けるのを躊躇い項垂れていた。 「美津子、ヒカルの事を認められないのは解る。俺も認めるとか許すとか、安易に言えない。だけど俺は、ヒカルが幸せなら、それでもいいかと思う」 「あなた! 私はイヤですよ。自分の息子が同じ男を好きになるなんて」 「お前だって、人を愛する気持は解るだろ?」 「そりゃ解りますけど、でもそれとこれでは……」 「同じじゃないって言うのか? 俺は同じだと思ってるけどな。それも自分の命を度外視して庇う相手だぞ。生半可な気持じゃ無いと思う。藤原さんがヒカルを慈しみ、大切にしているのは解るだろ」 「それは……解りますけど」 「最近のヒカルって落ち着いてきて、言葉もきちんと使い分けてるだろ。あれって藤原さんの影響なんだろうな」 「……」 「それに、ヒカルがこの世から逝なくなる事を思ったら、いいんじゃないか」 「そんなあなた……。そんな比べ方したら……、何も言えないじゃないですか。狡いわよあなた」  そう言って美津子は泣き崩れた。 「ゴメン美津子。ごめん。確かに狡いよな。だけど、本当にそう思ったんだ」  美津子を抱きしめ背中を擦ってやる。正夫の胸の中でひとしきり泣き続けていた。  ヒカルは、そのまま自分の部屋に戻った。暫くベッドの上に仰向けになり、天井を見るとも無くぼんやりと眺めていた。  覚悟はした。したさ、確かに。だからと言って、母が悲しんで嘆いているのを目の当たりにして、平気でいられる程、そこまで神経は図太くない。やはり心はズキズキ痛む。しかしこうなる事は最初から解っていた。今更自分がそれを言うのは、身勝手すぎると思う。心が痛むのは、自分の気持を押し通した、これは罰だと。 「親不孝だよなぁ……」  物思いに耽っていたら、突然携帯が鳴り響き、ビックリ仰天した。 「ビ、ビックリしたぁ~。心臓に悪いぞ。突然鳴るなよ」  電話とは、相手の都合に関係無く、突然鳴るものと相場が決まっている。携帯を取り上げ着信を確認すると、佐為からだった。  一転笑顔になり「もしもし、佐為」 と出ると「はい私です。ヒカルどうしました?」 「どうって?」 「声がおかしいです。ひょっとして泣いてました? それとも具合悪いですか?」 「大丈夫だって。やだなぁ~なんで俺が泣くんだよ。体調も問題ないよ」  本当は、泣きそうな心持ちではあったが、断じて泣いてはいない。 「そうですか。それならいいのですが」 「で、なに?」 「明後日、何時頃車を回せばいいですか?」 「昼ご飯食べてからだから、2時頃はどう?」 「解りました。仁科さんに回ってもらいます。夕刻にまた迎えに行きますから、それまでアパートで、おとなしく待ってなさいね」 「うん、解った」 「はい。では、おやすみなさい」 「うん、おやすみぃ」  夕食は久しぶりに佐為と一緒だ。そのまま佐為のマンションに行き、暫くお泊りする予定。佐為も2日ほど休みを取ってくれた。でも佐為の休みは、いつも完璧な休みにならない。仕事の電話は始終掛かって来るし、その度にアレコレ指示を出してる。緊急事態が起これば、休みなど呆気無く吹き飛ぶ。  それでも自分の為に、休みを入れてくれたのが、単純に嬉しかったりする。未来に馳せる気持だけで、複雑な思いも幸せも、感じるヒカルだった。

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