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想恋歌

第四章 希くはその心に 第四十二話                             2014.12.28

 佐為と黄もホテルに引き上げようとしたら、桂木医師が呼び止めた。 「藤原さん少しお話があります。時間も大分遅いですが、先に話しておいたほうがいいと思いますので」 「解りました。黄は先に帰ってますか?」 「いや、待っている。私が同席してもいい話しですか?」 「うーん、どうでしょうか? 進藤君と藤原さんの、個人的な話って言ったら解りますか?」 「ああ、それなら大丈夫です。すべて承知しております」  そうですか、ではこちらへ。立ち話もなんですからと案内された場所は、医師の部屋だった。 「どうぞ、お掛けください」  日本茶でいいですかと訊かれ、「はい」と応える。 「先生は今休憩中ですか?」 「そうです。たまたま急患がいないもので。急患がいない時が我々の休憩です。たまにポッカリとそういう時があるんですよ。その代わり一睡も出来ない時もありますけどね」 「先生の専門は何ですか?」 「脳外科が専門です。来年からはアメリカで研修です。暫く日本ともおさらばです」 「そうなんですか。先生は優秀でいらっしゃる」 「イヤイヤ。で、進藤君のことなんですが――」  颯太郎が少し言い淀んでいると、佐為が何処と無く儚げな風情で問い返して来た。 「ヒカルがご両親に何か言ったのですね」 「そうです。気がついてましたか」 「お母上の様子で……気が付きました。ヒカルは具体的にどのように言いましたか」 「藤原さんが退出していってから、お母さんが(なんで藤原さんを庇ったんだ。どうしてあんたはそんな事したの)みたいな事を言ったんです。お父さんは(今そんな事は)と言い、止めようとされてました。多分お父さんは、既に気がついているのじゃないかと思います。それはそれは、はっきり言いましたよ。佐為を愛してるって」  この後、ヒカルの語った一言一句を、話して聴かせた。佐為はただ黙ってその言葉を聴いていた。 「僕が思うに、進藤君は今言うべき時だと、考えたんじゃないかと、そう感じました。後で、貴方に何も相談しないで言っちゃったって、そう言ってました」 「そうですか、解りました。お話頂いてありがとうございます」 「まあ部外者の私が、アレコレ言うべきことでは無いですけど、多分色々大変だと思いますよ。おそらく貴方は、その覚悟はなさってると思いますが、進藤君はある程度、護っていかなければならないと思います」 「ご忠告ありがとうございます。元より、そのつもりでおります。先生にまでご心配をお掛けし、恐縮でございます」  いえいえ、余計な差し出口をして申し訳ありません。 「とんでもございません。黄、そろそろお暇しましょうか」 「そうですね。では先生おやすみなさい」  それでは、ヒカルの事宜しくお願い致します。双方でそんなやり取りをして、佐為と黄は退出した。が、佐為は自分が閉めた扉を暫く見ていた。その様子は、扉では無く部屋の中にいる人物を、見ている様に黄には思えた。 「佐為、どうしたんです?」 「いえ、何でもありません。行きましょう」  タクシーに乗りホテルに向かう。二人共口数は少なかった。 「進藤君の意識が戻ってよかったです」 「ええ、ホントに」 「佐為も疲れたでしょ。今夜は少しでも寝ておきなさいよ」 「黄にも心配掛けて申し訳なかったです。側に居てくれて助かりました」  大した事じゃありませんよ。そう言って黄は仄かに笑んでいた。  一方の颯太郎は、佐為に気づかれてはいないよなと訝っていた。もし、俺と佐為が先に出会っていたら、自分達にも恋愛感情が存在しただろうかと考えていた。じっーと天井を見上げながら思案に耽っていたが、やっぱり有り得ないなと結論づけた。多分、進藤君だったから――なんだろうと。他の誰でもあり得ないだろう。  しかし進藤君が女性だったら、すべて滑らかに事が運ぶのになぁ。世の中儘ならないもんだ。さて、俺も今のうちにひと眠りしておこうか。  意識を一旦戻して、佐為と両親と話をしてから、再度眠りに落ちてからの明くる日。8時頃に目覚め、看護師さんに「おはよう。気分はどう?」と訊ねられ「ちょっと怠い」と応えた。  看護師さんが「ちょっと熱があるみたいね」と額に手を当てて言う。その後熱を測り白湯を飲ませて貰い、桂木先生の診察を受けた。看護師にテキパキと指示を出していた。 「解熱薬入れたので、熱も下がってくるから。少し我慢してね」 「うん、わかった」  その日は一日ICUで過ごした。ICUの面会時間は決められているようで、お昼の12時30分と夕方の17時30分の其々30分間だけらしい。熱のせいかウツラウツラしていたが、夕方には下がってきて、身体も大分楽になってきた。このまま熱が出なければ、大丈夫だと言われた。  佐為は、夕方の時間に面会に来た。母さんがお昼の面会に来てたから、気を使ったんだと思う。俺は佐為に謝った。相談もしないで両親に話してしまった事を。佐為は「構いません。大丈夫ですから」って言った。「貴方は早く良くなることだけに、専念しなさい」とも。  ICUで2日間過ごして、やっと一般病棟に移る許可が出た。と思いきや、車椅子に乗せられ案内された病室は、特別室だった。既にファンの人達や、棋院関係、その他諸々、むせ返る花の香りやお見舞いの品で埋め尽くされている。最初のマスコミの報道は、佐為にも押さえ込めなかったようだ。何しろ自分も渦中の人物となっていたから、其処まで手が廻らなかったらしい。  父も母もヒカルも唖然としてしまい、ポカンと口が開いた状態。その中でもいち早く察しが付いたのは、当然ながらヒカルだった。佐為だなと胸中で独り言ちた。  美津子はオロオロしてしまい「あ、あの、どうして、こんないいお部屋。私共は、こんないいお部屋でなくても……」  用意を整えている看護師さんに、アタフタと声を掛けている。 「心配されなくても大丈夫ですよ。藤原さんから申し使っておりますから。料金も既に払込済みですのでご心配なく。ゆっくり養生してください」 「母さん、佐為の好意だから怒らないであげて」 「べ、別に……私は怒ってなどいませんよ。だけど――」と、其処にちょうど訪れた佐為の声が聞こえた。 「私を庇い怪我を負ったのですから、私が負担するのは当たり前だと思っています。出過ぎた行為をしたのでしたら、お詫び申し上げます」  そう言って深々と頭を下げた。人によっては、ちょっと居丈高ともとられる言い方だったが、佐為の風貌と態度が、それを見事に緩和してくれる。 「藤原さん、どうぞ頭を上げてください。貴方がヒカルの為に良くしてくださってるのは、私も美津子も承知しております。時間大丈夫でしたら、少し向こうへ行ってお話しませんか?」 「父さん!」「あなた……」 「二人共大丈夫だから、ここで待ってなさい」  正夫は軽く手を上げて出ていき、佐為は美津子にお辞儀をし、ヒカルに微笑み出て行った。 「確かカフェがありましたよね。其処に行きましょうか?」  カフェのテーブルに落ち着き、其々コーヒーを注文する。店は結構な人達が入っている。診察に来院した人、お見舞いに来た人、付き添っている人達が、少し遅目のモーニングを摂っているようだ。 「ヒカルから話は聞きました。藤原さんもヒカルと同じ気持と、思っていいんでしょうか?」 「はい、その通りです。色々お騒がせし、ご心配をお掛けしておりますこと、申し訳なく思っております」 「ヒカルの天元の允許状授与式があったでしょ。あの頃から何となく、ヒカルの態度でひょっとして、という事は思っていたんですよ。人を恋する気持は、私も解らない訳ではありません。それが同性の場合もあるのは、解ってるつもりです。ただそれが、自分の子供に起こったと言う事で、中々複雑な思いに囚われます」 「はい、よく解ります」 「ひとつ確認させてください。藤原さんもヒカルも、男が好きな男なんですか?」 「いえ、違います。ヒカルも違うと思います。他の方にしてみれば、同じじゃないかと言われそうですが、私とヒカルの中では、明確に違うと思っています。お互いにかけがえのない、唯一無二の存在だから――でしょうか。それがどういうことなのか、詳しくお話出来ぬ事をお許し頂きたく。すみません」 「う~ん。前、塔矢君達に訊いたところ、ヒカルとは小学6年の時に知り合ったと聞きました。ひょっとして、囲碁を教えたのは藤原さんですか?」 「はい、私がヒカルに教えました。彼には天賦の才能がありました。それも底知れぬ才を秘めてると。ヒカルならば、やがては私をも超えていけると思いました」 「と、言うことは、今はまだ藤原さんを超えてはいない、ということですか?」 「そうですね。まだ私には勝てないです」  今や天元と棋聖、2つのタイトルを持つヒカルが、敵わない相手って……。だったら、この人がプロであれば、最高峰に君臨出来る実力って事じゃないのか? そのぐらいの実力の持ち主であれば、才能のある者を見抜く事が出来る訳か。まあいいやそれは。俺は碁の事は分からんしな。 「藤原さん、同性同士の関係を続けていけば、いずれ噂が立ちます。貴方もヒカルも、噂に翻弄される日々になるでしょう。貴方は大人ですし、正直言うと私は余り心配はしてません。が、ヒカルはまだ子供の部分を併せ持つ、大人になりきれてない人間です。その点はどう考えていらっしゃるのか、お訊きしたい」 「私の役目は、ヒカルを導き護ることだと思っています。すべての事に対し100%護る事は敵わないかもしれません。不遜に聞こえるかもしれませんが、私に出来る事であれば、藤原の力を使ってでも護っていきます。その為に後援会にも就任させて頂きました。私とヒカルの事を、許して欲しいとは申しません。私がこの様なことを申し上げる立場に無いのは理解しています。ただどうか、ヒカルを責めないで頂ければと。ご両親とヒカルが仲違いされるのは、ヒカルにとっても辛すぎることです」  正夫と佐為もほんの束の間、無言で相対していた。やがて正夫が話しだした。 「私はヒカルを責めるつもりはありませんよ。美津子がどのように思っているのかは解りませんが、おそらく母親の気持としては、すんなり受け入れる事は、難しいだろうと思います。私も美津子もヒカルを愛しています。親としては、自分の子が幸せであることが一番なのです。ですから私も美津子も逃げる事無く向き合って、ヒカルの幸せを考えます」 「……ありがとうございます」  佐為はまた深くお礼を述べた。周囲の雑音であれば、自分の力で排除し解決出来る事もあるが、家族の問題は家族でしか扱えない。それは充分理解出来る事なので、佐為も低姿勢でお願いするだけしか出来ない。  では、そろそろ行きましょうかと、正夫が伝票を手に取り立ち上がる。佐為が慌てて「お代は私が」と言うと、「誘ったのは私です。ですから此処は私が払います」 「解りました。ありがとうございます」  私は此処で失礼させて頂きます。ヒカルには、夕方顔を見せると。それでは奥様によろしくお伝えください。  正夫が病室に入って行くと、二人が揃って声を掛けた。 「父さん、佐為は何処?」「あなた、どんな話をしたの?」 「うん。藤原さんは夕方また来るそうだ。話はまあ色々と、な」 「色々だけじゃ解りませんて!」 「だから家に帰ったら話すから」 「俺には聞かせられない話なの?」 「お前は藤原さんから聞きなさい」 「はあ? なんで。まあいいけど。それより母さん、お花少し家へ持って帰って。俺、花の匂いで気持ち悪い」 「はいはい、わかったわ。こんなにどうしましょう」  その後ヒカルは順調な回復ぶりをみせた。やはり若さと体力は最大の強みであるようだ。入院して3日目になれば、かなり食欲も出て来た。今日から普通食になり、ヒカルは喜んでいた。  佐為は毎日、日に2回病院へやって来た。仕事は大丈夫なのかって訊いたら、心配ありませんって言われた。でも、きっと遅くまで仕事をしてるのだろう。俺にはそういう事は言わないが、何となく解る。  ICUから出た明くる日には、和谷と社と塔矢と伊角さんが揃って見舞いに来た。ICUに入ってる時も、塔矢と社は来たらしいが、何しろ家族以外の面会が出来ないとのことで、容態だけ訊いてそのまま帰ったらしい。   和谷の十段戦・第4局は、ヒカルの怪我に奮起したのか和谷が勝利し、勝敗を二勝二敗の五分に戻した。  ヒカルは名人リーグ5戦目が、昨日あったのだが、不戦敗となる。 「俺、対局したかった」 「進藤~。ICUに入ってる人物が、対局出来る訳無いだろ」 「だって伊角さ~ん」 「甘えた声だしてんじゃねぇ進藤。俺がどんだけ心配したと思ってるんだ。解ってんのか」 「ゴメン和谷。皆に心配かけて悪いと思ってるよ。だから、十段戦の対局並べてくれ」 「そんな事して、大丈夫なのか……先生に訊いて来ようか」と塔矢が席を立とうとする。 「見るだけやったらエエんちゃうか?」 「でも念の為、訊いてくる」  桂木医師の答えは至極簡潔だった。「興奮するから駄目です」 「今日は駄目だって進藤。大人しく寝ながらみんなの話を聴いてなさい。だって」 「なんだ」 「そうだろうな。これだけでも、辛そうな顔してるのに。何か飲むか? 飲んでもいいんだろ?」 「うん飲む。暴飲暴食しなければいいって」  同じ頃、永夏(ヨンハ)秀英(スヨン)が成田に到着し、病院に向かってると塔矢の携帯に連絡があったらしい。 「もうすぐ永夏と秀英が到着するらしいよ」  塔矢が携帯のメールを見ながら、返信の操作をしている。 「へぇー、永夏は久しぶりだな」    そして30分後永夏と秀英が到着。 「ヒカル、心配したぞ。もう身体は痛まないのか。何処か辛くはないのか?」 「永夏、大丈夫だよ。先生も順調に回復してるって言ってたから。心配掛けてゴメンな。来てくれてありがとう」 「何を言ってる。ヒカルの為なら何処にだって行く」  寝ているヒカルを、抱きしめるわけにはいかないので、頬を撫でたり手を握ったり。そんな永夏を、囲碁仲間は又かという感じで、てんから無視だ。 「進藤の無事な姿見て、安心したよ。これ、お見舞いね。安先生と、俊勇(ジュンヨン)俊浩(ジュノ)から。これは永夏と僕から」 「ありがとう。秀英や韓国の皆にも心配掛けて、ごめんな」  と、話してる間も永夏はベタベタと、ヒカルを撫でたり触ったり。適当にあしらいながら対応しているヒカルだったが、少し煩わしげにしている進藤を見て、塔矢が「ヨン――」と声をかけたその時、まさに絶妙のタイミングで声がかかった。 「高永夏(コ・ヨンハ)、いい加減ヒカルから離れなさい」  うっそりと目を細め、氷点下の顔をした藤原佐為が立っていた。その横には面白そうな顔をした黄泰雄(ファン・テウン)がいる。  ザザッと皆が一歩引きそうな雰囲気の中、一人永夏だけは平然とし「なんだ、あんたか」と(うそぶ)いた。 「これ、永夏」黄の嗜める言葉に、ようようヒカルから離れた。 (コ、こェー……。この人怒らせたらアカンて。絶対アカーン) 社が感じた気持は、全員等しく感じたようだ。 (普段の穏やかな雰囲気とのギャップが、半端ないって。進藤も罪なやっちゃな) 「皆さんこんにちわ。お見舞いに来て下さり有り難うございます」  一転にこやかに微笑み、頭を下げる。それに習い皆一様に「いいえ」 と頭を下げる。 「永夏君も、わざわざ(・ ・ ・ ・)来て頂いてありがとうございます。でも、ヒカルはまだ万全じゃありませんので、過度のスキンシップは、控えて下さると嬉しいのですけどね」 「そうですね。なるべく心がける様にします」  その間でオロオロと二人を見ながら、ヒカルが心配そうにしている。 「佐為も永夏もいい加減にしなさい。貴方達二人がいると、進藤君の体調に悪影響が出ますよ。進藤君どうですか? もう熱は出ませんか?」  黄先生の穏やかな問いかけに、安心しきったように顔を綻ばせる。 「はい、大丈夫です。黄先生にもたくさん迷惑掛けてすみませんでした」 「いいのですよ。気にする事はありません。進藤君はしっかり養生して、早く良くなる様にね」 「ありがとうございます」  佐為がヒカルの側に寄り頬に手を添え、気分はどうですか? と問いかける。 「うん、大丈夫だよ」 「そうですか。私はすぐに行かねばなりませんので、また仕事が終わってから来ますからね」 「うん、わかった。待ってる」  ヒカルの額にキスをして、病室にいる面々に挨拶をして、黄と一緒に帰っていった。その途端ハァ~と溜め息が溢れ、永夏以外の全員が崩れ落ちた。

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