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想恋歌

第四章 希くはその心に 第四十二話                             2014.12.20

 とっとと、診察を済ませてしまおうなどと思ったが、実際はそんな簡単に済むはずないのはよく分かっている。  麻酔はとうに切れてるはずなのに、一体何故目を覚まさないのだろうか? 念入りに状態を確認してみたのだが、特に目覚めない要素となりえる事柄は見当たらない。  自分が赴任して来た時に、藤原コンツェルンがこの病院に支援しているのは聞いていた。合わせて佐為が事故に遭い2ヶ月近く意識不明で過ごしていたのも。おそらく佐為はそれがキッカケで、転生の記憶を戻したのだと推察される。  と、なると、進藤君が目覚めないのは、その事象と何らかの関連があるのだろうか? 自分達三人はお互いに相関関係があるのだろうか?   まあどちらにしても、解らないことを考えてもいても仕方ない。今は医師として最善を尽くすのみだな。とりあえず待ってる人達に状況を説明してくるか。  颯太郎が出て行くと待ちかねた親族や佐為が、僅かな希望に縋る様な眼差しを送ってくる。 「今の所状態は安定しています。手術の経過も良好です。後は目覚めるのを待つだけです」 「先生、息子は何故目覚めないのですか?」  正夫が率直に尋ねる。 「原因は判りません。身体機能には問題ありません。何にしても注意深く経過観察はしますので、今暫くお任せください」 「はあ、解りました。宜しくお願いします」  てんで解ってはいないのだが、医師にそう言われては任せるよりほか道は無かった。医師の説明を聞いて、其々が家族に挨拶をして一旦帰途につく。 「あかりちゃんや、友達と二人で来たんかな。儂らも今夜は家に帰るから一緒に車に乗っていかんか。こちらの藤原さんが車を出してくださるそうなので。ちょっと回り道してもらわにゃいかんけど。藤原さん宜しいですかな?」 「どうぞ構いませんよ」 「えっ、でも……」 「遠慮せずにどうぞ。若い女性に何かあっては親御さんに申し訳がたちません。ヒカルにも怒られてしまいますからね」 「じゃ、お言葉に甘えて。それではおじさん、おばさん、また来ますね。おやすみなさい」 「あかりちゃんとお友達もありがとう。おやすみ。気をつけて」  さあ、まいりましょうと佐為に促され歩き出す。歩き出してからあかりは、そう言えばこの人って一体誰なんだろうと思った。さっきは気が動転してしまい、全く気が付かなかったのだが、私ってこの人に会った事無かったはず。私がヒカルの幼馴染って事を知っている。ヒカルって呼んでたということは、親しい間柄ってことだと思う。  でも私はこの人を知らない。ヒカルが囲碁のプロ棋士になってから、自分達の人生は大きく離れてしまったのだと、改めて思い知らされる。  ――バカねぇ私も。今更アレコレ考えても仕方ないのに。前向いて歩くって決めたんだから―― 「あの、先程はありがとうございました。お会いするのは初めてだと思いますが、私は藤崎あかりです。こちらは友人の津田久美子と言います」 「そうでした、初めてでしたね。失礼致しました。いつもヒカルからお話を聞いていて、初めての感じがしませんでした。藤原コンツェルンの藤原佐為と申します。ヒカルの後援会をさせて頂いてます。今後も宜しくお願いします」  この場合は嘘も方便ですねと、心の中で手を合わせておく。きっと神も許してくれるでしょう。  しかしあかりちゃんは、本当に綺麗になりましたね。女性の方が早くに大人になりますし、その点ヒカルはまだ子供っぽいところがありますけど……。ヒカル……。  自分の思いに沈み込んでいたら、ロビーに到着した。仁科が立ち上がって一同を迎える。 「仁科さん、申し訳有りませんがお嬢様達もご一緒に送って上げてください。それが済みましたら上がってください」 「はい、かしこまりました。どうぞこちらです」  平八は案内されて目の前に現れた車を見て、唖然としてしまった。車の種類は、庶民である自分にはもちろん解らない。が、高級外車だということだけはわかった。他の三人に目を移すと、同じようにビックリした顔をしていた。  車に乗り込むときには、藤原さんが手を貸してくれる。婆さんは足腰がちっと弱ってるから、まるっきり介助状態じゃ。流石に若い女性の身体に触れる訳にはいかないようで、手を取ってフォローしている。二人共顔が赤くなっている。まあ無理もないか。こんなに綺麗な男性にフォローされたら、儂が若いオナゴだとしても、きっと赤くなるじゃろな。  やがて皆が引き上げた後には、ヒカルの両親と佐為、黄、アキラ。それと棋院関係者が一人、筒井が残った。筒井はどちらかと言うと、棋院の関係というより友人としての意味合いで残ったようだ。  楊は、明日の朝早くにどうしても帰国しなければならず、佐為に無理やり引き上げさせられた。  休憩室は勿論休憩する為の所であるから、宿泊するには適さない場所だ。4月の中旬の気候では、まだまだ朝晩は冷え込む。暖房は入れてもらったが、美津子の為に毛布を借りた。 「美津子、藤原さんがホテルの部屋を用意してくれたから、そっちに行って休んだ方がよくないか」 「でも、ヒカルの意識が戻らないのに、私、心配で……」 「いつ意識が戻るか判らないのだぞ。1時間後に戻るならいいけど、何日も戻らなかったら自分達が参ってしまうのだぞ」 「ヒカルがこのまま意識が戻らなかったら、どうしたらいいのあなた。ヒカルが可哀想……」 「ば、バカ、そんな事ある訳無い。ちゃんとヒカルは帰ってくる。悪い方ばかりに考えるな。美津子大丈夫だから、落ち着いて」  二人のやり取りを居た堪れない思いで聴いている男が一人。黄に背中をポンと叩かれ、そちらを見やり小さく大丈夫と云うように頷く。  もう既に日付が変わり、惨劇があってから半日が過ぎ去った。長い長い時間を感じている。ジリジリとして待つ時間は、誰しもが同じように長く感じる。  それから約一時間後、バタバタと慌ただしく看護師達が動き始めた。医師の桂木も走って行くのが見えた。何があったのかと、全員が立ち上がる。しかし誰も動くことが出来ず、成り行きを見守っていると、看護師が小走りにやって来た。 「息子さんが意識を取り戻しました。ご両親と藤原さんおいでください」  崩れ落ちそうになった美津子は、正夫と佐為に抱えられ歩き、手を消毒しマスクと頭にはキャップ、ナイロンエプロンを着けた。 「ヒカル君は少し興奮して混乱しているようなんです。夢と現実がゴチャゴチャになってるみたいです。でもすぐに治まりますから」 「夢と現実が?」  病室の中に入ると、医師の桂木が、佐為が来ましたよ。と話している。 「ホラ、ちゃんといるでしょ。だからこれは現実」  ヒカルは視線を巡らせ、佐為の姿を捉える。涙が一筋二筋頬を伝い落ちる。 「さい……」  (かそけ)き声。伸ばされた手。溢れる涙。穏やかに微笑み、自分を見詰める眼差し。 「……ヒカル……」  意識が戻った時に、最初に見えたのが白い天井だった。目線だけ動かしてみたら、看護師の人が見える。どこもかしこも白く、色々な器具がある。今度は病院の中にいるんだと思った。何故、病院なのかが解らないのだが、ここでは何が起こるんだろう。ヒカルは未だ夢の中にいると思っていた。 「佐為は、佐為は何処?」  か細く聴こえた声に、看護師がハッとして駆け寄ってきた。 「ヒカル君、気がついたのね」  すぐに医師と看護師が呼ばれる。 「助けて、佐為が死んじゃう。佐為が……殺されちゃう。助けてお願い……たすけて……」  腕を動かし身体を起こそうと必死になっている。が、すぐに痛みにウッと呻く。 「ヒカル君落ち着いて。動いちゃ駄目よ」  すぐに颯太郎が駆けつけ、状態を確認しようとするのだが、ヒカルが興奮していてままならない。  お医者さん? 佐為を助けて。サメに襲われて、川に身投げしてと、他の人が聞けば要領を得ない事柄を、次々と口走る。だが、颯太郎には大方の予想がついた。 「進藤君、大丈夫だから落ち着いて。佐為はちゃんと生きている。ここは夢の中じゃない。君は今、病院のベッドの上にいるんだよ」 「エッ? 生きてる……病院……」 「そう病院だよ。今佐為を呼んであげるから。その前に診察だけ僕にさせてくれるかな。終わったらすぐに佐為とご両親を呼ぶから。いいね」 「うん」  ひと通り診察を済ませ、何処か身体のおかしな所は無いか、気分はどうかと尋ねると、背中が痛いと言う。 「背中をナイフで刺されたからね。余り痛いようなら痛み止めを出すから」  ご両親と藤原さんを呼んできてと、看護師に告げる。  そして入室して来た佐為の姿を間近にし実感する。ああ、佐為が生きてる。俺の佐為……。 「……ヒカル……」  泣きそうな顔をしている佐為を見るのは初めてだなぁ。  美津子はすぐに駆け寄ろうとしたのだが、正夫に止められた。「あなた?」 「少し待ってあげよう」  ベッドの側に来て差し出されたヒカルの手を握る。その確かな感触に思わず「神よ……」と呟く。ヒカルの頬に手を添え、涙を拭きとってあげる。 「身体は痛みますか?」 「うん少し。でも大丈夫。先生が痛み止めくれるから」  声が少し嗄れている。酸素マスクもあてているので話しにくいのか、それとも肺が傷ついた影響かもしれない。 「佐為は大丈夫?」 「私は大丈夫ですよ。戻って来ることが出来て本当によかった」 「俺、一杯夢見てさ。変な夢ばっかりだったなぁ。最後に佐為が……帰りましょうって言ったんだ。だから俺、帰らなくちゃって思って……」 「そう……ですか。もう安心ですからね。ご両親もいらっしゃってますよ。明日又来ますから、ゆっくり休んで」 「うん、絶対来てよ」  佐為は頷きベッドを離れ、正夫と美津子にお辞儀をしてICUを出て行く。待ち構えていた黄とアキラと筒井。 「進藤はどうですか?」 「詳しい話は医師に伺わないと解りませんが、もう大丈夫だと思います」  ああ、よかったぁと、心底安堵の表情を浮かべる。  そしてまだ病室では、美津子がヒカルの手を握り泣き濡れていた。 「母さん……父さん」 「お前がちっとも目覚めないものだから、本当に心配したぞ」 「そうなの?」 「そうよヒカル。お母さんはあんたの意識が戻らなかったらと考えて、生きた心地がしなかった」 「心配かけてゴメン」 「どうして藤原さんを庇ったの? なんであんたはそんな事したの?」  おい美津子、今そんな事は――と言いかけたら、ヒカルが父さんいいんだと言った。 「ごめんなさい。俺、佐為を……失いたくなかった。父さんと母さんが、……許してくれるとは、思っていないけど、……俺の気持を、理解してくれるなら嬉しいと思う。でもそれが……無理な事だというのは、俺も解ってる。   でも俺……佐為を愛している。佐為と一緒に、生きていきたいと思ってる。だから……、父さん母さんゴメン。不肖の息子で、……ごめんなさい……」  美津子が息を呑んだ。正夫が美津子の肩に手を置く。  ゆっくりゆっくりと、途切れ途切れに、語った言葉。自分の心に芽生え、葛藤して乗り越えてきた想いを、少しずつでも解って欲しいと。そう願いながら言葉を紡いだ。  辛そうに息を吐き出すヒカルを見て、医師が今夜はここまでにと。  正夫と美津子がICUから退出して行く。美津子は扉のところで振り返り、ヒカルの姿を見続ける。その切なそうな眼差しに、正夫は言葉をかけようしたのだが、結局何も言えず、行こうかと促した。 「話をして興奮すると傷に障るからね、まだ長い話は駄目だよ」 「はい、先生」 「なんか衝撃の告白しちゃったね。お母さん、かなりショックを受けたようだよ。まあ君が、自分の身体を盾にして庇ったぐらいだから、大体の察しはついてたけど。それに気づいてないと思うけど、キスマークが身体に付いてたよ」  そう言ってウインクしてみせた颯太郎。ヒカルは真っ赤になってしまった。颯太郎はヒカルの頭を撫でながら「ハハ、ゴメンゴメン」と笑った。 「だって、隠しても……いずれバレるし。いつかは言わなきゃいけない。母さんを……悲しませちゃった」 「でも、佐為を好きになったことは、後悔はしてないんだろ?」 「うん」 「だったらその気持ちを大事にして、何があっても揺らがないようにしなさい」 「先生の名前は――桂木先生? 桂木何?」 「颯太郎。桂木颯太郎だよ」 「いい名前だね」  ありがとう。さっ、もう休みなさい。そう言われてコクンと頷き瞼を閉じる。    ICUから出てきた颯太郎が、状態の説明をする。 「あと、1日か2日ほど経過観察して、容態に変化なければ一般病棟に移ります。大体2週間程を入院の目安にしてください」 「解りました。宜しくお願いします」正夫と美津子は丁寧に頭を下げる。  それから、アキラは筒井の車で自宅まで送って貰い、正夫と美津子はホテルに向かった。美津子は先程のヒカルの告白があるものだから、佐為とは視線をあわせないし、話もしない。ホテルに行くのも嫌がったのだが、正夫が強引に今夜はホテルに泊まると言い、タクシーに乗せた。  明日、朝食を食べたら一旦家に戻り、ヒカルの入院の準備をしてくればいいと。今晩だけでも環境を変えて、リラックスした方がいいと思ったのだ。  母親の心情としては、正夫も理解はしているが、やはり男親とは感じ方や捉え方は違うものかもしれない。かといって、自分が全面的に、ヒカルの気持を受け入れたということでは無い。気持を理解するのと、それを受け入れるということは別物だ。  通されたホテルの部屋はツインなのだが、とても豪華で広い部屋だった。二人共流石に目を瞠った。 「明日の朝食はルームサービスになさいますか? もしくはお好みのレストランが御座いましたら、そちらの予約をいれさせて頂きます」 「レストランだと時間の制限があるんじゃないですか? 明日の朝は少しゆっくり休みたいと思ってます」 「お時間はお気にされなくて大丈夫でございます。オーナーから、進藤様のご希望通りにと申し使っております」 「オーナーとは?」 「藤原佐為でございます」 「あっ、藤原さんがここのホテルのオーナーされてるんでしたか。成る程。ああ、すみません。それでは9時頃に和食のレストランでお願いします」 「かしこまりました。どうぞごゆっくりおやすみくださいませ」  失礼致しますと、案内のボーイが帰っていく。 「藤原コンツェルンのホテルだとは知ってたが、そうか、あの人がここのオーナーをしてたのか。美津子、先に風呂に入って。もう休んだ方がいい」 「だってあなた……」 「解ってる。お前の気持も言いたことも解ってる。だけど今夜は疲れてる。こんな時に色々考えても、建設的じゃ無い。今は身体を休める事が大事なんだ」 「……わかったわ。じゃ、先に入らせてもらうわね」 「ああ、ゆっくり温まって来いよ。なんだったら一緒に入ってやろうか?」  美津子はやっと笑顔を見せ、クスッと笑った。 「イヤですね。一人で入れますよ」  風呂から上がった美津子は、さっぱりとした顔をしていた。正夫がルームサービスで頼んだワインを差し出す。 「そんなに強く無いから飲んでみないか。よく眠れるぞ」  美津子はアルコールは嗜まない。弱いのだ。ヒカルは母に似たらしい。 「ワイン?」  美津子がワインに口をつけるのをみて、正夫は風呂に入った。風呂から上がった時には、美津子は既にベッドの中でぐっすりと寝ていた。流石に色々ありすぎて疲れたのだろう。 「ゆっくり休めよ」  額にキスをして、それから暫く正夫は起きていた。  美津子にはああ言ったが、ヒカルの事を思っていた。まだ子供だと思っていた子が、あんなにはっきりと自分の意志を話した。いや、もう子供じゃないのは解っていたんだ。  あの子は自分の力で、囲碁という勝負する世界に身を置いて戦っている。子供だと思いこもうとしているのは、自分達なのだ。もう20歳を迎える立派な男だ。  好きな人の一人や二人は、――二人は無いか――、いても当たり前だ。  同性を好きになるとは思わなかったけどなぁ。こういう困惑は、何処の親でも一緒なんだよなきっと。    反対しても無駄なのはわかりきっている。さて、どうしたものか。  この後、30分ばかり正夫はアレコレと思いめぐらせていたが、やっぱり建設的じゃないなと思い、寝ることにした。

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