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想恋歌

第四章 希くはその心に 第三十六話                             2014.10.22

「わ、わ、ワァー!」  ドタドターッと廊下を走る音が響き、扉を乱暴に開けた社が喚く。 「進藤起きろッ!! 寝過ごしたぞ。はよ歯ぁ~磨いて顔洗え」  社の怒涛の叫び声にガバッと跳ね起き、壁に掛かる時計を確認する。 「うぎゃ~、ヤバッ、ヤバッ、ヤバイッ」  慌ててトイレに駆け込み用を足し、洗面所で歯磨き洗顔を済ませる。ちょうど着替えを済ませた社が洗面所を使う。ヒカルはそのまま自室で着替えを始める。 (中々上手い連携プレーだな)って、そんなことに感心してる場合じゃない。  忘れ物がないか確認して部屋を飛び出す。 「社、忘れ物ないか? 行くぞぉ」 「戸締まり確認するさかい、進藤火の始末確認せぇ」 「はいはいはい」  慌てて台所に走り、火の元の確認。自分も社もタバコは吸わないのでそちらの心配は無い。 「社、OKだぞぉ」 「よっしゃ、行こか」  棋院まで普通に歩いて15分ぐらいなので、二人共少々小走りだ。 「目覚ましセットせんかったんかい」 「した。けど全然気がつかなかったよ」 「まっ、しゃーないか。俺も一緒だし。検討に時間かけすぎたな」  棋院に到着して部屋を確かめる。対局は601の爛柯の間。控室は604の天元の間。  控室に入ったら結構な人数が碁盤を囲んでいた。 「進藤と社? 遅かったな。社東京に来てたのか」 「おはようさんどす。昨日の夕方に。進藤んとこに泊めてもろうてま」 「伊角さん、状況はどんな感じ?」 「和谷は悪くないぞ。ってもまだ2時間しか経ってないからな」 「そっか。携帯に速報入ってるんだよな」 「入るぞ」  社、朝ご飯食べに行こうぜとヒカルが話している。 「なんだ、食べてきてないのか?」 「うん、寝過ごした」 「じゃ、僕も一緒に行く」  塔矢が立ち上がった。誰かが(おっ、北斗杯トリオじゃん)と言っている。  近くのファミレスにブラブラと向かう。 「お前は朝ご飯食べてるんだろ?」 「勿論。僕は寝坊しないから」  グッ! 相も変わらずな塔矢の発言だが、本当の事なので言い返せない。 「二人で夜更かしでもしたのか?」 「ん、まぁそんなとこ。検討に熱が入りすぎた」  ○●  テーブルに着いて各々注文をする。  この時間だとブランチだなと社が言うので、塔矢も食事を頼むことにした。  後1時間程すれば昼休憩になるので、そうすれば他のメンバーも食事に来るはずだ。  ヒカルがマグネット碁盤を出し「塔矢、並べてくれ」と差し出す。  その手順を社と二人で真剣に見詰める。 「和谷のこの手はいい手だな」 「そうだね。だが倉田さんも」  塔矢が白石をパチッと置く。 「ウォー、倉田さん其処に回ったんか」 「だろ。ちょっと踏み込むのに躊躇する手だと思わないか?」 「でも、倉田さんらしいちゃらしいよな」  そのうち休憩になったようで、三々五々他の仲間達がやって来た。顔ぶれは、冴木・伊角・門脇・本田・小宮・足立・奈瀬の面々。 「いやー、今日の対局は中々激しい。和谷がこれでもかと倉田さんに食らいついてる」 「和谷どうだろう。いけるかな」 「なんとも言えないな」  そうだよな。あの倉田さんだもんな。 「だけど、芹澤先生に勝ったんだから、勝算はあるさ」 「あっ俺、皆に土産買ってきたんだ。チョコとボールペンとTシャツな。小宮は無しだぞ。それから奈瀬はTシャツの代わりにこれ」 「えっなに!?」  期待にお目目がランランと輝き出した。綺麗にラッピングされた袋をガサガサ開けると、出て来たのはテディベアのぬいぐるみだった。 「これって、シュタイフのテディベアじゃないの。いいの進藤、貰っちゃって」 「うん、プロ試験合格のお祝いな」 「ありがとう。進藤が私に気があるなんて知らなかったわ。私真面目に考えるから」 「ブッ! なんでそうなる。無い無い、そんな気は無い。絶対無い!」 「冗談よ。バカね」  面白くて堪らないと笑い転げる奈瀬。くそー、いつも俺をおちょくってぇ。 「奈瀬さん良かったですね」  塔矢がそういうと、奈瀬は嬉しそうにニッコリ微笑んだ。恥じらいを含んだような笑みに、何人かが一様に(ん?)という顔をした。まさか奈瀬って……。まさかな、あり得ん。 「そうそう進藤、ドイツの写真出来たから持って来たぞ。欲しいのあげるからな」  小宮がそう言いながら写真を出したのだが、渡したのはヒカル以外のメンバーだ。 「俺にも見せてくれよ」 「お前は後でゆっくり見ろ」  最初は街並みが綺麗だなとか、ドイツってこんな感じなんだとか、集合写真を観てワイワイ言ってたのが、段々無口になりやがてニヤニヤしだした。意味ありげにヒカルをチラチラと見詰める視線に、ナニ? なんかあるのかと気になりだしたヒカル。  突如奈瀬の(はしゃ)いだ声音が響き渡る。 「キャー、何これ。これいい。凄く素敵。小宮この写真頂戴」 「別にいいぜ。いいショットだろ」 「最高!」 「何だよ、俺にも見せろ」  強引に写真をかき集めたヒカル。段々とその顔が赤くなったり青くなったり赤くなったり。 「なっ! これ、……あ……いや……そ、その、あ、あ」  しどろもどろで言葉にならない状態のヒカルを見て、更に回りがニヤニヤし出す。  小宮が撮った数々の写真は、佐為とヒカルの自然体の写真が十数枚あり、そのどれもが明らかに恋人同士の雰囲気を漂わせている。中でも必見は、お互いに正面から微笑み見詰め合う二人。グラビアの表紙が飾れるぐらいに綺麗で、そのままキスシーンに突入か! と思わせる佇まいの写真だった。 「こ、小宮、俺写真代払うから全部頂戴」 「別に金なんていいよ」  その途端小宮の両頬を両手で挟み、グリン! と自分の方に向けたヒカル。 「いいえ、払わせて頂きまっす!」 「ち、近い進藤。わかった、解ったから」  小宮から写真を貰い、そそくさと自分のバックにしまう。慌てまいとすると余計にアタフタしてしまい、自分の一挙一動を見られてるようで顔が赤らんできそう。 「そう言えば今日は越智いないのか?」  写真の話題から早く逃れたくて訊いたのだが、ずっと見てなかったなと思った。 「越智は対局だよ」 「何の?」 「天元本戦。相手は真柴」  そう言えば棋院に入った時に、十段戦のプレートの横にそんなのがあったような……。何しろ社と二人で慌てていたので、見落としたようだ。 「誰か越智の速報出して」  ちょっと待て俺が出す。と門脇さんが携帯を操作してくれる。マグネット碁盤で並べていく。 「越智優勢だな」 「そうだな。このままいけば勝てるだろう」  そろそろ時間だから戻るぞ。本田さんの言葉でファミレスを後にする。  倉田さんと和谷の対局は激しい鎬を削る戦いになり、結果半目差で和谷が勝利した。薄氷の勝利だが和谷の快進撃が止まらない。これで十段戦挑戦手合出場で、七段に昇格となる。  この後、和谷の勝利と越智の勝利を祝して皆で飲み会を開いた。がヒカルは翌日名人リーグ戦が控えていた為、食事だけして社と二人で先に抜けて来た。    ○●    当初、1月の棋聖戦第1局の後にと決めていた佐為と塔矢行洋との対局は、4人の日程が合わず予定が大幅にずれ込み、2月24日・金曜日に佐為のマンションで行われた。  当日は佐為が手配をし、塔矢家に車を廻した。迎えは運転手の仁科さんとヒカルの二人で。 「塔矢先生、迎えに来ま……参りました」  アキラが行洋の後ろでクスクスと笑っている。笑うんじゃねえ塔矢、の言葉は心の内に留める。 「進藤君ありがとう。慣れない敬語を無理に使う事はないぞ」 「アハッ、いえ。佐為に普段からちゃんと気をつけなさいって言われてますから。そうしないといざという時俺自身が困るからって」 「そうか、藤原さんが」 「はい、先生こちらのドアからどうぞ。塔矢お前向こうからな」 「はいはい」  3人を乗せ車は滑らかに発進して行く。 「コチラは運転手の仁科さんです」  ヒカルが仁科さんの紹介をする。あっ、勿論佐為付きの運転手さんですよ、と言い添える。 「仁科でございます。宜しくお願い致します」 「こちらこそ。今日は迎えに来て頂き申し訳ない」  塔矢先生の丁寧な挨拶に、恐縮する仁科さん。 「いいえ、お気になさらずに」 「宜しくお願いします仁科さん」  暫く車内を沈黙が支配する。 「進藤君は最近少し不調かね」 「あー、そうですね。ちょっと……」  ヒカルは、棋聖戦の第2局目は勝ったが、第3局・第4局と落とした。勝敗は二勝二敗。おまけに本因坊リーグの第5戦も落とし二敗となり、リーグ残留が出来るかどうか瀬戸際だった。勿論、挑戦権は言わずもがなだ。  名人リーグ3回戦は勝利したが、NHK杯は4回戦の準々決勝で負け、今期は敗退。  惨憺たる有り様だった。どうしてこんなに不調になっているのか、ヒカルは見当がつかなかった。イヤ嘘だ。  心当たりは……ある。以前とは違う感情が芽生えている事を、もうそれを認めない訳にはいかなかった。  俺は何を一体思い悩んでいるのだろう。佐為をどう思っているのか、そんな事は分かりきっている。佐為が好きかと問われれば好きと応える。俺の師匠でかけがえの無い大切な人。何があっても絶対に失いたくない存在。  なのに……なのに、俺は。ヒカルは目の前にある壁を越えられずにいた。すり抜ける事も引き返す事も出来ず、只壁の前に立ち尽くし途方に暮れる自分が其処にいた。  ヒカルの心因反応が、対局に現れている。佐為は的確に読み解いていた。原因は自分にある。  マンションに来る回数も極端に少くなっている。確かにリーグ戦2つと挑戦手合、NHK杯に碁聖戦を戦っている。更に雑誌の取材が何件かあったらしいので忙しいのは確かだ。  来ることがイヤな訳ではなさそうにみえる。来れば楽しそうにしているし、食欲も衰えているとか身体の具合が悪いということもなさそうだ。 だが、精神的には安定してるとは言い難かった。時々佐為をじ~っと見ている事もあるようだ。目線が合うと慌てて逸らすと言う事が、幾度と無くあった。  いっその事、無理やりヒカルを抱いてしまおうかと思ったこともあったが、それはすぐに打ち消した。  そんな事すれば怯えさせるだけで、何のメリットも無い。双方にとって。 ○●  お互いがそんな思いを抱えたまま、塔矢行洋との対局の日を迎えた。  車は30分程で到着した。普通ならもっと早く付けるはずなのに、東京の道路事情は相変わらずだ。 「此処の18階がそうなんです。ちょっとお待ち下さい」  ヒカルは自分で鍵を出しエントランスの扉を開けた。仁科さんも今日は一緒に上るらしい。 「佐為、塔矢先生をお連れしたよ」  ヒカルが声を掛けると、佐為とお手伝いさんがリビングから迎えに出て来た。 「ようこそ、いらっしゃいませ。どうぞお上がり下さい」 「お邪魔をするよ。今日は寒いね」 「お邪魔します」  塔矢も靴を揃えて上がる。玄関だけで部屋ひとつ出来るぐらい広いな。などと思っていた。 リビングに通され、その豪華さに驚いている。程よく暖房が行き届き外の寒さを忘れさせてくれる。 「おぉ、ここはいい眺めだね」塔矢先生が窓辺に立ち眺望を楽しんでいるようだ。 「ほんとですね」  アキラも横に同じように立つ。アキラの身長はすでに塔矢先生を追い越している。  それを観ていたヒカル、内心で毒づく。コイツいつの間にこんなにでかくなったんだ。俺、ちっとも背が伸びないじゃんかよ。 「塔矢先生とアキラ君、お飲み物はコーヒーで宜しいですか?」 「あ、いや私は日本茶を頂けるかな」 「分かりました」 「多喜枝さん、先生には日本茶をアキラ君と私にはコーヒーをお願いします」 「かしこまりました。ヒカル様はどうされますか?」 「俺自分で作るからいいよ」  お手拭きと和菓子、其々に飲み物が供される。 「進藤、それ何飲んでるんだ」 「これ、オレンヂエード。美味しいんだぞ」 「ふーん」 「先生最近はお身体の調子は如何でございますか」 「ありがとう。すこぶる元気です。あと、10年ぐらいは大丈夫だろう。ハハっ」 「先生10年なんて言わないで、もっともっと長生きして俺達を指導してくれないと」 「ウム、進藤君にそう言って貰えると嬉しいね」 「そうですよ。そんな事仰るとお母さんが悲しがりますよ」 「ムム……」 「ほんとですね」 「あのぉー、まだ打たないですか?」  ソワソワ・ウズウズしてる様が目に見えるようなヒカルの態度に、思わず苦笑する行洋と佐為。 「一人落ち着かない人物がおりますから、始めましょうか? こちらへどうぞ」  落ち着いた和室に、マンションであることを感じさせない意匠が凝らしてある。 「これは見事なカヤの碁盤だね。日向産かね?」 「ええ、その通りです」 「ほんとですね」  そう言ったアキラに「お前ホントに判るの?」とヒカルが突っ込む。 「失礼だな。僕だってカヤかどうかは判る。産地までは判らないけど」 「へぇ~」 「そういう君は」 「俺? 俺だって石を打てば判る」 「石を打てば誰でも判るに決まってるだろ」 「あんだとぉー」 「これヒカル、止めなさい」 「そうだぞ。アキラまで」 「あ、あ、すみません」  恐縮して俯くアキラに対して、ペロッと舌を出してあっけらかんとするヒカル。  行洋は常に無いアキラの態度に、吃驚しつつも安堵感を覚えた。小さい頃から大人達と碁を打ってきた息子は、同世代の友達と遊びまわる事は殆ど無かった。そういう息子は、子供らしからぬ子供だったと思う。自分がそのようにさせてしまったのかもしれない。  だが、進藤ヒカルという友を得て、その引力に導かれ今では数多くの仲間が出来たようだ。進藤君と巡り会えたことに、心から感謝をしよう。 「では、始めようか。私が握ろう」  先番 藤原佐為 VS 後番 塔矢行洋  宿運とも言うべき対局が始まった。 昼休憩を挟みながらの攻防は、穏やかな対局だった。  だが、一見穏やかに見えるだけで、両名からは炎のようなゆらめきが立ち昇り、さながら陽炎のような気迫を放っていた。抜身の刃の鋭さを放つ佐為は、怖ろしくも凄まじく美しい。  ヒカルはただ一心に佐為を見詰めていた。  俺の……大事な佐為……。  ヒカルもアキラも、これまで観たこともないような、美しく力強い至高の一局に酔いしれた。  碁を覚えたての頃に(俺は宇宙の星になるんだ!)と言っていた、言葉どおりの星の輝きが、盤上に散りばめられていた。

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