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想恋歌
第四章 希くはその心に 第三十五話 2014.10.7
意識がフワフワと戻って部屋の明るさが眼に染みる。
人の話し声がBGMの様に聴こえてくるなぁ。
「アリャ? 朝? 俺何時寝ちゃったんだ」
隣のベッドに佐為は居なかった。
――私がいつも目覚めると、愛しい人のベッドはいつももぬけの空――とかいう歌は無かったっけ?
そんな歌は……やっぱないか。
ベッドから出て隣のリビングに入って行くと、佐為が椅子から立ち上がった。
まだ半分寝ぼけ眼でいつもの様に「佐為、おはよう」そう言いながら抱きついた。
「おはようヒカル。身体は怠く無い?」
「うん、大丈夫」
胸に顔を埋めスリスリしてたら、横のソファーに人影が見えた。
眼を瞠ったヒカルが「ワァーッ!」と叫び、ド派手なリアクションで佐為から離れる。
「小宮! 片桐さん」
「ハハ……おはよ進藤」
こちらもリアクションに困り笑うしか無いよな、という二人が座っている。
「何……してんの?」
「一緒に外へ行って写真を撮りませんかって、お誘いに来てくれたのですよ」
「あ、そう……なんだ」
自分の顔が赤らんで来るのが分かる。もう居るなら居るって言ってくれよぉ。
「熱出たんだって? もう大丈夫なのか」
「多分大丈夫だと」
「そうか。朝ご飯まだなんだろ。1時間ぐらいしたらまた来るから、厚着して支度してろよ。じゃ藤原さんまた後程、失礼します」
「ありがとうございます」
二人が出て行ったのを確認した途端ガバッと振り返り、
「佐為、小宮達が居るってなんで言ってくんないんだよぉ。ああ~ゼッテェー噂になる、酒の肴にされるぅぅぅ」
「ヒカル今更ですって」
ギンッ! と睨めつけるが、佐為はクスクス笑ってるだけで全く取りあってくれない。うぅ~もう~。
「佐為、飯は」
仏頂面のまま催促する横着な少年そのものだ。
だが、大人の佐為にとってみれば、それも可愛いという感情しか湧かない。
掌でコロコロ遊ばせているようなものだった。
「もうすぐ来ますから、顔洗ってらっしゃい」
頬をヒクヒクさせながら、バスルームに向かう。佐為はまだ笑ってる。
スイートルームを出て来た小宮と片桐は、お互いの顔を見合わせ笑んでいた。
「対局の時の進藤君と全然違うから、流石にビックリしたよ」
「ホントですねぇ。想像つかないですよ。藤原さんが進藤の為にスポンサーになったって噂は、間違いじゃなかったんだなぁ」
「うん。あの二人好きあってるんだ。まあ藤原さんがドイツまで来て、スイートに一緒に泊まってる時点で確定事項ってやつか?」
「そうそう、それですよ」
「だけどアレ、保護者とその子供にしか見えないんだけど、俺の気のせいだろうか」
「ハハッ、そう言えば和谷も保護者って言ってましたよ」
「あんな愛の形もあるんだな」
ボソッと呟いた片桐さんの言葉。小宮が表情を伺うと、軽蔑してる侮蔑してるような感じはなく、どこか心が澄み切ったような表情を浮かべていた。
「そうですね」
小宮も静かに同意した。今までそういう関係を身近に感じた事は無い。自分には無縁の世界の事だとも思っていた。だが不思議と進藤と藤原さんを不潔に思うとか、その関係を嫌悪する気持ちは生まれなかった。多分二人の持ってる雰囲気に厭らしさが無いからだろうと考えた。
それから一時間後、佐為に厚着をさせられた進藤たちと合流し、お互いに写真を撮ったり撮られたり。勿論進藤と藤原さんの二人の写真も撮ってあげた。
ブランデンブルグ門・ベルガモン博物館・Galeria Kaufhof(ショッピングセンター)に行った。
小宮はその間に二人に内緒で写真を撮り続けた。進藤も藤原さんも二人でいると本当に楽しそうだ。仲の良い友人達といれば楽しいのは当たり前。だが二人はそれはそれは凄く幸せそうなんだ。中々いいショットがとれたと思う。
ヒカルはショッピングセンターで大半のお土産を購入した。
ウインナーを買いたかったのに、肉製品は日本への持ち込み禁止なんだそうだ。
「佐為はなにか欲しいもの無い? 俺プレゼントする」
「ヒカルが? 其れは嬉しいですね。では私もマフラー買ってもらえます?」
オッケーと軽く返事したが、佐為が選んだマフラーはカシミヤの超がつく高級品だった。
「これだとちょっと高すぎますよね。こっちのにしましょうか?」
俺にだって男の意地ってもんがあるんだよなあ。
「プレゼントするって言ったんだから、佐為の好きなのでいい」
いつも色々負担させてるから、見栄を張って啖呵を切った。カッコイイぞ俺。
だけど金銭感覚の違いをイヤッちゅーほど認識させられた。
俺は自分のマフラー買うのに4万も5万も出さんぞ。
「それではホテルに戻りましょうか? そろそろ夕食の時間ですよ」
「そうですね。戻りましょうか」
「小宮達明日帰るのか?」
「ああ、そうだぞ」
「佐為、俺達は?」
「一緒にテーゲル空港からミュンヘンに行きます。其処で棋院の方々は日本に向けて出発です」
「ミュンヘン行くのに飛行機に乗る? 来た時みたいにICEに乗らないのか」
「ICEだとミュンヘンまでは時間掛かり過ぎるのです」
明くる日テーゲル国際空港からミュンヘン国際空港に向け飛び立ち、棋院の関係者は飛行機を乗り換え日本に向け出発した。
俺達はミュンヘンの市内にある「ホテルケーニヒスホフ」に宿泊した。ベルリンのホテルと違い、クラシックで落ち着いた感じのするホテルだった。
到着した日はミュンヘン市内の観光名所を幾つか回った。
マリエン広場と新市庁舎・フラウエン教会・ペーター教会・レジデンツ(王宮らしい)・ニンフェンブルグ城(王家の夏の離宮)などを観て回った。昼食はドイツの庶民にも人気というお店で摂った。
「明日は何処へ観光に行くの?」
「明日は少し遠出して、ノイシュヴァンシュタイン城に行きます」
「城?」
「そうお城です。ディズニーランドの正面入った所にお城があるでしょ? あのモデルになったお城です」
ああ、そう言えばあるな。あの城のモデルがあったんだ。
「ここから時間どのぐらいかかる?」
「車で2時間ぐらいですよ」
「ふーん。えっ、車で行くの?」
「観光ハイヤー頼んであります。それだと楽でしょ」
本来なら鉄道とバスを使い行くつもりでいた。旅行は道中の風景を楽しみながら目的地に向かうのも、醍醐味のひとつである。佐為も当初はそうするつもりだった。ヒカルは何も言わないが、体調があまり芳しくないようにみえる。乗り換えを何度も繰り返しているよりは、車で移動した方がいいように思った。
事前に観光ガイドも込みで、ノイシュヴァンシュタイン城とホーエンシュヴァンガウ城。後は昼食に料理の美味しい店、その他は自由に任せる。ホテルには6時までに戻れる様にと頼んでおいた。
ドライバーはランク・ハイマンですと挨拶した。道中の観光案内もきちんとしてくれ、佐為は中々優秀な案内人ですねぇと、感想をもらしていた。
俺の感想は、何もかも圧倒される。お城メチャ綺麗・豪華! ファンタジーというか童話の世界に迷い込んだような錯覚を覚える。持ってきたデジカメで、パチパチ写真撮りまくった。帰ったら皆に見せてやらないと。
ランクが佐為とのツーショットを、お城を背景に撮ってくれた。そう言えば佐為の写真って、持って無かったんだと気がついた。
帰りは時間があるからと言うので、ヴィース教会に寄ることになった。
「其処近いの?」
「近いです。世界遺産に指定されてます。一見の価値ありの教会ですよ」
「ドワァー! これホントに教会なの?」
そう思わず言ってしまったぐらい豪華絢爛な教会だった。絵葉書とか美術の雑誌に載ってるような装飾。
お城も圧倒されたけど此処も凄い。ロココ調と言うらしい。
天井にも絵が描いてあって、佐為がフレスコ画だと教えてくれた。
建築設計とフレスコ画を描いたのは、ツインマーマンの兄弟だということだ。
中々に忙しい観光を終えて、佐為とヒカルは20日に日本に向け帰途に着いた。
ヒカルの体調も酷くならずに済み佐為はホッとしていた。
日本に到着したのは21日の夜で、そのまま佐為の車で実家に送ってもらった。
2日間は実家でゴロゴロと過ごし、24日(火)は本因坊リーグ4回戦に臨んだ。3回戦に負けて一敗してるのでこれ以上負けられない。結果何とか勝ちはしたが、内容としては決して褒められたものじゃ無かった。
27日の名人リーグ2回戦も一応勝利した。ちょっと不調だなと思うのだが、自分でも原因に見当がつかず疲れが出ただけだと思っていた。まあ、いい時もあれば悪い時もあるよな。
その間にドイツから送った荷物が実家に届いたと、母さんから連絡があった。
「凄い量の荷物だわね」
ガサガサと中身を漁っていたヒカルが、
「うん、土産の他に必要無い荷物も纏めて送ったからさ。あったあった」
「これ、チョコとミニボトルのシュナップス(蒸留酒)と母さんには口紅な。色は佐為が選んだんだぞ。こっちのチョコをさ隣近所とかにあげて」
「えっ、藤原さんが?」
いそいそと口紅を手に取り色を確かめている。妙に嬉しそうにしちゃって。
「あっ、これも父さんと母さんにコッヒーカップな。チョコあげてよ母さん、聞いてる?」
「どれどれ、まぁー綺麗なカップねぇ」
聞いちゃいねぇ。
「マイセンとかいうブランド物らしい。それも佐為が選んだ。俺さ、祖父ちゃん家とあかりに土産渡して来るよ。残りの分を入れる紙袋か何かなぁーい?」
「あるわよ。お祖父ちゃん達には何を買ってきたの?」
「祖母ちゃんに人形頼まれたからさ、フランス人形みたいなのとテディベア。後はチョコとバームクーヘンと、お城の飾り物だな」
あかりにはテディベアとチョコの詰め合わせ、囲碁関係者と筒井さんにはチョコとドイツ国旗模様のボールペン。
囲碁仲間達にはTシャツも合わせて買ってきた。棋院の皆様にはチョコの詰め合わせを何箱か。
奈瀬にもプロ試験合格の祝いも兼ねて、テディベアを買ってきた。
26日に倉田厚王座 VS 和谷義高六段の十段戦挑戦者決定戦が行われた。
先番6目半のコミだしで、持ち時間各4時間、市ヶ谷本院6階爛柯の間。
芹澤棋聖の時の様に、前評判は倉田有利の予想が多かったが、先の対局の様に強い者が必ず勝つとは限らないのが、囲碁の面白さと言える。
倉田は天性の勝負勘の強さと、中学生の時に競馬の予想をやっていたことでも判るように、分析力にも優れた才を持つ。
言うなれば先を読み通す力のある打ち手である。と言って和谷にその力が無いのかというと、そんな事は決して無い。
初めての北斗杯の時には、ヒカルの前へ突き進む姿勢、越智のプライドを賭けた姿勢に、自分を恥ずかしく思った事もあった。
だが着実に伸びてきてトップへ食い込む力もあるのに、何故か後一歩の所で壁を超えられずにいた。
そんな心持が対局に反映されていることに、本人は気づけずにいた。
だが佐為はそれを正しく見抜いていた。
微妙に躊躇する気持ちが、踏み込み時の対局に現れています。そう語っていた。
和谷の対局がある前の晩、社が東京行くから進藤んとこ泊めてくれやと連絡して来た。
「いいぜ。実家にするか?」
「アホ言いなや。オトンやオカンが居たら、気ぃ使うやろ俺が」
「あっそう。で、何時まで居るんだ。俺27日は名人リーグの2回戦だから、家にいないぞ」
「おらんでもカメへん。どうせ棋院で対局やろ。俺も一緒に行くし。それよか、土曜日時間あんなら付きおうてくれへんか?」
「何処へ?」
「俺なぁ、東京に家探そうかなぁと思うてな。ちょい、色々当たってみたいんや」
「こっちで暮らすことにしたのか?」
「イヤまだ決めてへんし、すぐって訳やないんやけどなぁ。ホレ、対局数増えてきよって東京行くことが多なったやろ? 交通費は棋院から出るからエエんやけど、移動にかかる時間がなぁ」
「ああ、成る程な」
「まっ、その話はそっち行った時に話すさかい。ほしたら25日の夕方行くで。じゃな」
言うことだけ言ったらさっさと電話を切ってしまった。せっかちな奴だな。
その25日の夕刻、ヒカルのアパートに到着した社は、呼び鈴を鳴らすも何の気配もしない室内を訝った。
「オーイ進藤~。来たぞぉ」
ドンドン扉を叩くが反応無し。何や寝てんのかそれとも居てへんのかどっちや、と思いながら携帯を出しコールする。
室内から発信音は聞こえへんなぁと思ったら、携帯から進藤の声が洩れてきた。
「社ゴメン。ちょっと待っててくんない。今実家にいてさ、父さんに車で送ってもらうとこなんだ」
「なんやそうなんか。どのぐらい掛かるんや」
「路が混んでなければ、20分ぐらいで着くと思う」
「解った。ほんならドアの前に座わって待っとくわ」
「ウン解った。ごめん」
25分後車が到着したようだ。ヒカルとオトンがえらいたくさんの荷物を抱えて上がってきた。
「やあ、社君久しぶり。おまたせして悪かったね」
「いえ、こんばんは。ご無沙汰しております」
「ゴメンな社。入って。父さんもお茶飲んでくだろ」
「ああ、一杯貰おうか」
ヒカルに熱いお茶を貰い人心地付く。
「やあ、ほんとに冷え込んできたね。社君は最近囲碁の方は調子どうなの」
「まあまあです。今は進藤と一緒に名人リーグ戦ってます」
「じゃ、二人はライバルってことか」
「そうです。というか碁打ちは全員がライバルです」
「ああ、其れはそうだったねぇ。実力の世界でのしあがって行くのは、並大抵じゃないね。二人共身体だけは壊さないように」
「おおきに。頑張ります」
じゃね私はこれで失礼するよ。社君ゆっくりしていって。そう言って進藤のお父さんが帰っていった。
「実家に何ぞ用事あったんか」
「そう。ドイツの土産が届いたから受け取りに行ってたんだ」
社、これチョコとボールペンとTシャツな。
「おっ悪いな。ありがとさん」
Tシャツの大きさちょうどええな。こういうのは何枚あってもいいから助かる。
「ところで、晩御飯どうする。どっか食べに行くんか?」
「母さんに作って貰ったの持って来た。社茶碗とか用意してくれ。俺温っためる」
「よっしゃ。……そう言えば最初の北斗杯のときにも、進藤のオカンの弁当ご馳走になったやんか。懐かしいなぁ」
懐かしいって、年寄りくせぇ~奴だな。おっ、キャベツの千切りたくさんあるな。
テーブルに次々と料理が並べられていく。おお、美味そうだ。なになに、豚肉の生姜焼き・筑前煮・インゲンの胡麻和え・ふっくら玉子焼き。ジュルリ~と早くも涎が垂れそうだ。
「社、味噌汁いるか? いるなら簡単なの作るけど」
「エエて。こんだけあれば充分や、はよ食べよーや」
おk~と言いながらドレッシングとマヨネーズを手に持ち、テーブルに座る。
「キャベツの千切り、お替わりあるからな」
「おっ、ホンマか。ほんなら、進藤のオカンいただきまーす」
社が最初に”ウンマァ~”と言葉を発してからは、暫くの間二人で黙々と食事に専念する。
二人が大食漢だというのは美津子にはよく解っていたので、量はタップリとある。
「進藤、明日和谷の対局観に行くんやろ?」
「行くよ。多分控室あるはずだから。お前も行くよな」
「ああ。明日の対局どう思う」
「う~ん、倉田さんも強敵だからなァ。でも和谷が決して勝てないって事は無いと思うけど。そう言えば佐為がさ、踏み込みに微妙に躊躇する時があるって分析してたぞ。それ聞いて俺もそうかもって思った」
「成る程なぁ。後一歩が超えられんちゅー感じか」
その後、風呂から出て一手10秒の早碁を打ち、検討もしっかりして就寝した。
ヒカルはベッドに入ってもまだ寝付けずに、色々思い浮かべていた。
ドイツから帰ってきてから佐為とはまだ逢えてない。
俺の為に日本を長く空けてたから、仕事が忙しいのだろうとは思っていた。
毎日連絡は取るから元気でいるのは解っているが……。
いつでも勝手に来ていいとも言われているが、何故か二の足を踏んでしまう。
行けば俺の為に色々気を使わせてしまうのが解っているから。
仕事で疲れて帰ってくるであろう佐為に、余計な負担は掛けたくないと思ってしまうのだ。
だが佐為にしてみれば、そんな気を使うことこそ余計な事なのだが、ヒカルにはまだ其処まで斟酌出来なかった。
「俺やっぱ寂しいのかな……」
逢えないことが。佐為の顔を見れないことが。手を伸ばしても其処に居ない事が。
ゴロンと横向きになり、――和谷ぁ明日勝てよぉ――と呟く。やがて意識が眠りの中に溶け込んでいった。
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追記
~ 囲碁・一口情報
先番とは……囲碁の先番とは必ず黒石になります。先手とも言います。先に石を打つ方ですね。
コミ出しとは……昔からの対局結果を総合すると、黒石が圧倒的に有利・勝利する確率が高いという統計があるそうです。
其処でハンデという意味合いで黒の先番がコミを出す、つまり先手(黒)が後手(白)に対して6目半のハンデを負う「コミを出す」と言います。韓国も同じ6目半、中国は7目半です。
互先で打ちましょと言うと、このシステムの事を指します。
1939年 本因坊戦で初めて4目半のコミが採用。1974年 黒が有利なため、コミを5目半に改める。
2002年 黒が有利なため、また国際棋戦との整合性のため、タイトル戦ごとに順次コミを6目半に改め始めた。ということです。~
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