二次創作,二次小説,ヒカルの碁,オリジナル小説

Home

想恋歌

第四章 希くはその心に 第三十四話                             2014.9.20

 飛行機と違い列車からはドイツの風景が堪能出来る。  外国だ、ドイツなんだなぁ~という街並みが終われば、のどかな田園風景・雄大な自然が眼前を通りすぎて行く。  正に目の前をビュンビュン景色が通り過ぎるというぐらい速い(ちょっとオーバーか)。  佐為が列車と言ってたので、トコトコ走る列車を思い浮かべてたら、乗り込んだのはICE(インターシティエクスプレス) ドイツを代表する国際高速列車、つまり日本で言うところの新幹線らしい。  飛行機では別々だった棋院の関係者も今度は一緒で、この車両は一等車ということだ。  ビックリしたのは日本には当たり前にある改札が無かった。そのまま列車が来たら自分で車両と座席を確かめ乗り込む。出発してから中で改札が回ってくる仕組みらしい。  一等車は飲み物とスナックが無料だそうだ。国が違うと色々違うものなんだな。帰ったら祖父ちゃん達にも話して聞かせよう。  列車の旅を終えてようやくベルリンのインターコンチネンタルホテルに到着。其々カードキィーを渡され七時半に夕食との事だった。  チェックインした部屋は案の定スイートルームだ。佐為にとってはスイート以外の選択肢は無いみたいだ。女性が同伴者であれば絶対喜ぶよな。まあ部屋が広いのは俺も嬉しい。長丁場となれば尚更。しかし疲れたなぁ。早めに出発するのがよく理解出来た。明日が休養日で良かった。 「芹澤先生もスイートルームなのか?」 「いいえ、ダブルのデラックスルームだと思います。確かお一人で泊まられるはずですから。今のうちにシャワー浴びてきなさい。それからレストランに行きましょう」  ソファーの上にクターっと伸びているヒカルに声を掛ける。 「はぁーい」  その後みんなで夕食を摂り、連絡事項の伝達がありお開きとなった。 「佐為、明日ゆっくり寝ててもいいよな。アッ! ゆっくり寝てたらご飯が食べれねぇか」 「構いませんよ。ルームサービス頼んでおきますから大丈夫」  フロントに電話をして頼んでる様だ。英語なので意味は解らないけど、多分そう。 「佐為って英語話せていいな。韓国語と中国語は?」 「中国語は簡単な挨拶程度なら、韓国語はまあまあ話せます」 「ドイツ語は?」 「話せますよ」 「エッ! ドイツ語も話せるの?」 「ええ」 「スゲッ! 俺一人で海外に来ることになったらどうすりゃいいんだ」 「勉強しますか?」  佐為が笑いながら俺を見ている。俺が勉強出来ねぇのに知ってるくせに、ワザと訊いてんな佐為。 「――――しない……覚えれる訳無いの解ってるくせにぃ」 「フフ、仕事で来るなら棋院の関係者がいるから心配無いです。一人で来ることがあれば通訳つけてあげます」 「ワッほんと?」  佐為って何でも完璧だなぁ。其れに比べて俺ってどうなのよ。囲碁以外何にも出来ねぇし。いかん、これじゃ絶対駄目だよな。佐為に頼らなくても自分で考えて行動しなきゃ駄目だ。俺だって今年は20歳になるんだ。大人の仲間入りだ。でもまあボチボチと。  何やら考えこんでいるヒカルを伺っている佐為。一体何を考えていることやら。 「ヒカル、一局打ちますか?」 「あ、うん。打つ」    一局打ちお風呂に入って就寝した。流石に疲れていたのか、佐為がお風呂からあがった時には、ヒカルはすでに夢の中の様だった。 「ゆっくりお寝すみなさい」  額にキスを落として、佐為もぐっすり寝込んだ。  明くる日、ヒカルが起きだした時にはすでに陽も高く、佐為のベッドは空だった。隣の部屋に行くとソファーに座り新聞を読んでいた。 「佐為おはよう」  新聞から顔を上げフワリと笑いかけ「おはようヒカル。よく眠れた?」 「ウン。佐為早く起きたの?」 「7時頃ですからいつもより遅いです。朝ごはん食べますか?」 「食べる。佐為食べないで俺を待ってたのか?」 「芹澤さんと食べて来ました。今頼みますから、顔洗ってらっしゃい」  午後からは近場の観光に出かけ、スーパーに寄ってミネラルウォーターやお菓子を買い込んだ。 「ウゥ、さむっ!」  ドイツに到着してから佐為がキャスケットとマフラーを買ってくれた。外側がニットで中側に布地が貼ってあり、小さめのツバがついてる。俺の頭に被せて「可愛い」と佐為は一人でご満悦だった。俺を着せ替え人形と思ってるな。でも帽子がある無いで寒さの感じ方も随分違った。  冬の旅行は大荷物になって大変だ。それに対局用のスーツもいるから余計に増える。  対局が終わったら要らない荷物とお土産を、先に航空便で送るらしい。そうすると、帰国した頃にちょうど着くということだ。  外出する段になり佐為にこっぴどく言われたことがある。 「絶対に私の側から離れないこと。一人で行動しないこと。解りましたかヒカル」  そりゃ一人で行動なんかしないさ。話せないんだから。なんでこんなにリキ入れまっくてるんだ。 「強盗とかに遭うからか?」 「お金を盗られるぐらいなら、どうって事ありません。レイプされます」 「ハイッ! レイプって……。俺、男だぞ佐為」 「男でもされます。ヒカルは特に可愛いから格好のターゲットですよ」 「……マジか……」 「日本でも危ないのに、海外は尚更怖いという事を常に意識しなさい」  なんか佐為が怖いんだけど……。気のせいかな、気のせいだといいな、気のせいにしておこうっと。  明くる日は、写真撮影やら対局前のインタビューなど受けた。午後は明日に備え佐為と検討などして過ごした。 「去年は倉田さんが挑戦して、芹澤先生に負けたもんなぁ。俺大丈夫かなぁ」  言ってからシマッタと思ったが遅かった。 「ヒカル、何気弱な事を言ってるのです。最初からそんな事思ってるようでは、勝てるものも勝てませんよ。自分に自信を持ちなさい。自分が絶対勝つと思いなさい。この私が手ずから鍛えたのです。今の貴方なら負けるはずがありません」  佐為にしては珍しく激しい語気で叱咤された。ヤッパ佐為が怖い。神様気のせいだよな。 「ゴメン。絶対勝ってみせる」  佐為の顔をしっかりと見ながら返事を返す。そしたら佐為はニコッと笑んだ。こちらへいらっしゃいっと手招きするので佐為の前まで行ったら、フワリと優しく抱きしめてくれた。 「ヒカル、貴方が目指すものは決まっているでしょ。それだけを見据えて前に進みなさい。私はいつもあなたの側にいます。だから大丈夫です何も心配しなくても」 「うん。頑張るからちゃんと見ててよ」 「解ってますよ。ほら、早くお風呂入ってきなさい」  ヒカルの身体をクルリと反転させて、お尻をポンと叩いて押し出す。  明日に備え今夜は少し早めの就寝。対局は9時からの開始だが、早めに起きて頭をスッキリさせておかないといけない。  ○●  第30期 棋聖戦 挑戦手合七番勝負 第1局 2006年1月15日(日)・16日(月)  ・全互先 先番6目半コミ出し・持時間 各8時間・秒読み 残り10分前より  対局場に芹澤棋聖が入って来た。棋院関係者、片桐・小宮が立ち上がり芹澤に挨拶をする。ヒカルも椅子から立ち上がり、おはようございますと挨拶する。 「おはようございます」  芹澤も其々に挨拶を返す。  すでに出版部の記者・カメラマンも待機し盛んにシャッターを切っている。この後係員から対局内容の説明があり、対局開始となる。  握りは芹澤が行い、先番・進藤ヒカル、後番・芹澤棋聖となった。 「お願いします」  双方対局開始の挨拶をし、長い一日が始まった。  その頃佐為はどうしていたかと言うと、PCのネット中継を繋いで観ていた。側に行って見守りたいのはヤマヤマなれど、それは出来ない相談なのだ。師匠である自分が同じ空間に居るのは、要らぬ誤解を招く恐れがある。あらぬ疑いを掛けられる事の無いように、万全を期しておかないといけない。 「8時間は長丁場ですねぇ」  実質の対局時間が8時間なのであり、間にはお昼休憩があり、午後にも休憩が入るので、終了するのは午後7時近くになる。そして2日間掛けて行う対局には封じ手がある。この封じ手は対局時間には含まれないので、封じ手を行う棋士が、どのぐらいの時間考えるかによって、終わる時間は更に遅くなる可能性もある。  形勢はほぼ互角で進み、一日目の封じ手はヒカルが行った。長考時間は20分使った。 「ただいまぁ~。佐為お腹空いたよぉ」 「お疲れ様。ルームサービス用意出来てますから食べましょう」 「佐為待っててくれたのか?」 「ええ。一人で食べるより二人で食べたほうが美味しいでしょ」 「そうだな。手洗ってくる~」  いただきま~すと行儀よく両手を合わせたと思ったら、バクバクと凄い勢いで食べだした。 「ヒカルもう少し落ち着いて食べたら。料理は逃げていきませんよ」 「ウン。本場もんのウインナー美味しい」 「私のも食べる?」 「いいの!? エヘヘもーらいっとぉ~。ありがとう」 「今日の感触はどう?」 「悪くないと思う」  佐為の顔を眺めニマーっと笑顔になる。こういう顔をする時は、調子がいい証拠だ。 「そう」 「ずっと見てた?」 「見てましたよ。調子がいい時程落とし穴に嵌りますからね、気をつけなさい」  ウンと頷くヒカル。  2日目・対局開始。  まず記録係より封じた手が読み上げられる。 「黒、14ー十二」  ヒカルが黒石を打つ。  その後は攻守入れ替わりながら、攻防が進んでいく。ヒカルは自分の調子が悪く無いのを感じていた。負ける気がしなかった。だが、芹澤先生も決して悪い訳でも無い。攻め込まれる場面は何度も襲ってきた。お互いの持ち時間もかなり残り少なくなってきている。  芹澤先生の打った214手目、これは…………。俺の次の手がターニングポイントになる。厚みは俺のがまだある。だが、ここの読みを間違えれば勝機は一気に芹澤先生に傾く。すでに長考時間20分過ぎた。  ――この場面、佐為ならどう打つ……佐為なら……佐為なら―― ここに打つ!   芹澤棋聖思わず天を仰いだ。この人がこういう感情を表すことは、非常に珍しいことだった。  片桐も小宮もある種感動と興奮が抑えられなかった。進藤スゲェー。もともと強かったが、更に階段を一段も二段も登ったように強くなってる。去年とは比べ物にならない。ああー、この場に居られて幸せだぁ。  それから数十分後対局が終了。 「235手 黒番、進藤天元2目半の勝ちです」 「進藤君いい対局だった。だが次は勝たせてもらうからね」 「はい、ありがとうごさいました」    小宮は和谷が言ってた言葉を思い出した。 「進藤は天才」和谷はそう言ってた。その時はいくらなんでも、ちょっとオーバーじゃ無いかと思ったが、今回この場にいてよく解った。  悔しい気持ちもある。自分がどんなに努力してもここまでにはなれない。そう思い知らされる寂しさもある。でも進藤や塔矢と同じ時代にいられる事を、嬉しく思う気持ちもある。 「芹澤先生、お食事どうしましょうか?」 「そうですね。できればルームサービス取ってもらえますか?」 「はい、解りました」 「進藤おめでとう」 「あっ、片桐さん小宮、ありがとう」 「この調子でガンガン行けよ」 「ああ頑張る」 「進藤天元、取材いいですか?」  取材・写真撮影と30分近くかかった。早く終わってくんねぇかなぁ~。結果は多分知ってると思うが、俺佐為の所に早く行きたいんだよぉ。  やっと解放され、お疲れ様でした、おやすみなさいと、挨拶もソコソコに走りだした。  ○●  部屋の扉を勢いよく開けたら、佐為が満面の笑顔で待っていてくれた。 「佐為! 俺勝ったよ」  そう叫びながら佐為の元に走って抱きついた。 「よく頑張りました。とてもいい対局でしたよ。215手目はよく気がつきましたね」 「へへ、そうだろ。佐為のおかげだ」 「私の?」 「うん、佐為だったらどう打つかなぁ~って考えた」  ああ~、そう言えば。幽霊として取り憑いてた時もそんな事言ってましたね。プロ試験の時でしたか。 「そうですか」  ヒカルは本当に強くなった。そのうち私を超えて行ってくれるだろう。 「ギュルルルゥゥゥ~~~」  絶妙のタイミングでヒカルのお腹が鳴った。 「アハハッ、ヒカルご飯にしましょうか」 「俺先に風呂入ってきていい? ご飯食べたら動けそうに無い」 「わかりました。ゆっくり入ってらっしゃい」 「ゴメン。待っててな」  フゥー、さっぱりしたぁと言いながら、髪をタオルでガシガシ拭きながらテーブルに座る。 「お待たせぇ。食べよう。ドイツは寒いって聞いてたけど、東京よりずっと寒いんだな」 「そうですね。北海道より北に位置してると思いましたよ」 「このシチュー美味い。ドイツ料理って全然知らなかったけど、案外美味しいな」 「ヒカル、これはドイツ料理じゃないです。ホテルだから外国人の為にお食事がちゃんとしてますが、普通の家庭ではとても粗食らしいですよ。朝と夜は量も少しで冷たいものしか出ません。温かいお料理はお昼に一回食べるだけらしいです」 「ウッソ、こんなに寒いのに?」  大きな瞳を更に大きく見開いて、唖然とした顔をしている。 「ヒカルはドイツでは絶対暮らせないですね」 「そうだな。食事は大事だよ。ウン」  そう言ったヒカルだが、珍しく食事を少し残している。 「どうしたの残して? 何処か具合悪いの?」 「ううん大丈夫だよ。食事時間が遅かったから、思ったより入らなかっただけだと思う」  そう言えば先程身体を抱きしめた時、少し熱かった様に思う。走ってきたからと思っていたが……。  佐為が席を立ちヒカルの額に手を当てる。やはり少し熱い。 「ヒカル少し熱があります。薬を飲んで今夜は早めに休みましょ」 「えっ、そう? 大した事無いと思うけど」 「ダメです。油断は禁物。ひょっとして朝から具合悪かったのですか?」 「いやぁ、そんな感じなかったぞ。午後の休憩の時にアレって思ったけど、対局始まったら忘れた」 「そうですか。身体の具合が変だと思ったらちゃんと言いなさいね」 「うんわかった。明日は何時に起きるの?」 「ゆっくりでいいです」  食事も終わりソファーに横になりTVをつけた。勿論ドイツ語だから内容はサッパリだ。  佐為が何処かに電話してる。それを眺めてたら早くも瞼が重くなってきた。ウツラウツラしてたら、ホテルの人が食器を下げに来て、ハッと目が覚める。佐為にこれ飲んでと薬とお水を渡された。  ホテルの人と佐為が何やら楽しげに話している。英語じゃないみたいだから、ドイツ語だろうなと思う。頭がなんだかボーっとしてる。係の人が出て行くとまたウツラウツラしてきた。 「私は下まで買い物に行ってきます。ベッドに入って寝てなさいね」 「……ヒカル?」  隣室から声を掛けたが返事が返って来ないので、様子を見に来たら……寝ていた。 「相当疲れたみたいですね。寒さも堪えてるのかも」  ヒカルを抱き上げてベッドに運び寝かし付ける。これ以上悪化しないといいのだが。  ――今日は頑張りましたね。おやすみなさい――   額にキスを落として、灯りも絞って落とした。  何の為に側に付いていたのか、具合が悪いのを見逃していたなど痛恨の極みです。  そう言えば昨年の北斗杯の折にも、熱を出してましたね。  夜中に2度ほど起きて様子を見たが、薬が効いたのか熱も引いてるようでぐっすりと寝ている。薬が切れた頃合いに熱が出てこなければ大丈夫かもしれない。さて、私ももうひと眠りしましょうか。

第三十五話 arrow arrow 第三十三話



            asebi

↑ PAGE TOP