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想恋歌

第四章 希くはその心に 第三十三話                             2014.9.10

 ドイツに旅立つ2日前の10日には、ウィステリアホテルに於いて、進藤ヒカル天元允許状授与式が盛大に行われた。囲碁関係者は言うに及ばず、ヒカルの両親・祖父母や道玄坂碁会所の人達、同じ後援会の楊と黄も出席していた。  祖母は年末から年始にかけて体調を崩していたのだが、孫の晴れ姿がどうしても見たいという希望で出席をした。だが体調を考慮して一時間程で引き上げることになっている。    このパーティーで正式にヒカルの両親・祖父母に、藤原佐為は後援会就任の挨拶をした。 「初めまして。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。藤原コンツェルンの藤原佐為と申します。この度ご子息の後援会として就任させて頂きました。今後共何卒宜しくお願い申し上げます」  名刺を渡され挨拶する藤原佐為に、全員がポカンとしてしまった。理由は其々違っていたが。  父・正夫は「藤原コンツェルン」が自分の息子の後援会に就いたということに。  サラリーマンの正夫にとって「藤原コンツェルン」がどれほどの企業かはよく認識している。祖父の平八もその辺りは理解している。    母・美津子と祖母は容貌に目を奪われてしまった。こんな綺麗な男性が世の中にいるなんて。優雅で嫋やか流れるような柔らかな物腰。まるで別世界のプリンスのよう。とは母美津子の感想。  そんな家族を苦笑しながら見ているヒカル。「父さん母さん挨拶は」 「し、失礼致しました。ヒカルの父正夫です。隣は妻の美津子。あちらはヒカルの祖父と祖母です。この度はヒカルへのお力添えありがとうございます。至らない息子ですが宜しくお願いします」  それを聞いていたヒカルは、娘を嫁に出す父親もこういう風に挨拶するのかなと思っていた。 「こちらこそ。お祖母様はお身体の加減が優れないとお聞きしました。その後は如何でございますか?」 「お陰様でかなり回復してまいりました。本日もこの様な場に呼んで頂きありがとうございます」 「お疲れになりますからどうぞお掛け下さいませ。お料理はホテルの者に運ばせますからご心配なく」  其処に楊と黄がやって来た。 「ご紹介させて頂きます。こちらの二人は同じく藤原が後援会を努めております、中国の楊浩宇(ヤン・ハオユー)と韓国の黄泰雄(ファン・テウン)と申します」  美津子はまたもやビックリだ。なんて男前。でも話せないのだけどどうしようと、困惑の表情を浮かべていたら、紹介された二人が流暢な日本語で挨拶するものだから、またもやビックリする。  一人一人握手を求めてくるので思わず立ち上がりかけたら、「どうぞお座りになったままで結構ですよ」と声を掛けられた。  会場は壁側に丸テーブルが等間隔に配置されていて、中央にはお料理などを並べるテーブルがあり、その回りでは参加者などが立ち話をしていても、余裕があるスペースがとられている。 「佐為、そろそろ次に回ろうよ。祖父ちゃん途中で帰る時は声掛けてよ」  本日のヒカルの服装は羽織り袴だ。着慣れない物を着せられ動きにくくてしょうがない。着付けは佐為がしてくれた。流石平安のお貴族様、手馴れてるなぁと思った。 「平安時代のあの服も自分で着るの?」 「自分ではしませんよ。女房がしてくれるんです」 「へぇ、奥さんにしてもらうんだ。佐為結婚してたんだ」 「違いますよ。女房と言うのは今で言うとお手伝いさんのことです。主人が奥さんの事を呼ぶ時は名前で呼びます。他の人が呼ぶ時は「北の方」と。私は側室はおりましたが独身でしたよ」 「側室……ゲッ! 佐為お妾さん囲ってたのか」 「ヒカル、人聞きの悪い言い方しないでください。あの頃は普通の事だったのです」 「あ、そう。側室何人いたの?」 「……知りたいの?」 「うん」  なんとまあ嬉しそうな顔しちゃって。 「二人」 「ゲッ! 佐為イヤラシ~」  ここに至り佐為は堪え切れなくなり笑い出した。  佐為がこんな風に笑う姿初めてみるかも知れない。俺そんなに可笑しな事言ったか? 「なんでそんなに笑うんだよ」 「だって、ヒカルの反応は女性がする反応と一緒です」 「エエッ! ヒデッ、佐為サイッテー。フンもう知らない」  だからそういう反応が女性みたいなんですよ。 「はい出来ました。扇子をここに入れて。ほら、鏡で見てご覧なさい」  鏡に自分の姿を映し、首を右に傾け左に傾け無言で立ち尽くす。 「なあ佐為、七五三みたいじゃないか」  佐為がまた堪え切れずに笑っている。初めてスーツ来た時も佐為はこんな風に笑ってたな。 「ヒカルの身体はまだ大人になりきれて無いから。もう少しすれば似合う様になりますよ」 「それ、似合わねぇって言ってるんじゃないか」  決して七五三で男児が着るような綺羅びやかな柄では無く、それなりに落ち着いた色柄だ。若いヒカルでも似合うようにと佐為が選んで誂えさせたものだ。  和谷や社にも同じ事を言われた。 「全然似合わねぇなお前。塔矢はよく似合ってたのによ」 「うるせぇー。そんな事言われなくたって俺が一番分かってらい」  悲しいぐらいホントに似合わない。いいんだよ俺は現代っ子なんだからと、自分の持論を掲げる。  今日の参加者には記念品が配られる。内訳は、臥龍という文字と進藤ヒカルの名前に、書の大家の落款が入った非売品となる扇子。扇子立て。ウィステリアホテルの1万円のお食事券。  扇子の文字はヒカル本人が書くべきものなのだが、幽霊として取り憑いていた時に「本当にヘタ!」と佐為に言わしめた筆跡なので、その案は当初から省かれていた。佐為が書いても良かったのだが、やはりここは【書の大家】にお願いをすることにした。非売品なのでそれでもいいようだ。   「ヒカルそろそろ書道の手習いとかペン字とか始めます」 「なんで」 「サイン会があったら自分で書かなきゃいけないんですよ」 「そんなの出なきゃいいじゃん」 「そういう訳には。それにサイン求められたらどうするんですか」 「逃げる」 「…………棋聖戦の第1局が済んだら始めます」 「えぇ~っ! ヤダッ、ヤダヤダヤダ!」  無言で部屋から出て行く佐為に縋りついて、まるで駄々っ子と一緒。深々と嘆息して素気無く一言。 「却下」 「アァ――――――――――――!」  閉じられた扉の内側から、ヒカルの絶叫が廊下まで響いている。身体も大人になりきれてないが、精神面もまだまだですねぇ。少し甘やかし過ぎたのだろうか。  ○● 「おい、藤原コンツェルンが後援会に就いたって、ヒカルから聞いてたか?」  正夫が美津子に問うてくる。俺は聞いて無かったぞと。 「いいえ私も聞いてませんよ。あの子ったら何にも話しませんもの」 「ヒカルは一体どういう経緯であの人と知り合ったんだ。年上の藤原さんを呼び捨てにしてたぞヒカルは」 「だから囲碁関係で知り合ったんじゃないですか?」  囲碁関係? 確か棋院のスポンサーになった話は聞いた事があるが、それは昨年だったはず。どう見てもここ最近で知り合った仲という感じにはみえなかった。とても慣れ親しんだ雰囲気が感じられたが……。  その時塔矢・和谷・社がヒカルの両親達がいるテーブルにやって来た。 「こんにちわ」 「あら塔矢君、和谷君・社君、いつもヒカルがお世話になりありがとうございます」 「いいえ、こちらこそ。天元タイトルおめでとうございます」 「ありがとうございます。塔矢君も名人のタイトル獲られたんでしょう。おめでとうございます」 「ありがとうございます。料理と飲み物持って来ましょうか?」 「先程藤原さんが、ホテルの人が持って来てくださるって言ってましたから、大丈夫だと思います」  そう言ってる側から、ホテルマンが色々なお料理を運んできた。 「祖父ちゃんも囲碁打つって聞いてんねんけど、そうなんでっか?」 「打ちますよ。下手の横好きですけどな」 「ほな今度時間おうたら、一局打ちませんか?」 「おっ、いいんですかな。儂は大概ヒマですから声掛けてくだされ」 「よっしゃぁ~、わかりました」 「あの君達にちょっと訊きたいんだけど」  ヒカルの囲碁仲間と家族のやり取りを、無言で眺めていた正夫が割って入る。 「はい何ですか?」 「ヒカルと藤原さんはいつ頃からの知り合いなのか、君達は知ってるかい?」  進藤のお父さんに問われた三人は、お互いの顔を見合わせる。 「進藤からお訊きにになったことは無いのですか?」 「無いです。藤原さんも今日初めてお会いして、後援会もしてくださるということで」  進藤の奴、こんな大事な事ちゃんと話しとけよな。 「確か小学6年生の時って訊いてます」 「6年生……と言う事は、ヒカルが囲碁を覚え始めた頃。やっぱり藤原さんは囲碁を通して知り合ったと言うことですか?」 「知り合ったキッカケは僕達も知らないです。すみませんお役に立てなくて」 「ああイヤ。こちらこそすみません」    それから暫くして祖父と祖母が帰るというので、車寄せまで佐為と送っていった。  ひと通り挨拶回りが終わり腹が減ってしまったヒカルは、お皿に料理をてんこ盛りにして仲間のいるテーブルに座り込んだ。ガツガツ食べているヒカルを見て、今日の主賓がこんなんでいいのか? と思わないでも無かった。 「おい、溢さないで食べろよ。羽織りが汚れるぞ」 「わぁーってるって」 「お祖父さんとお祖母さんは帰られたのか?」 「うん。祖母ちゃん年末からこっち体調崩しててよ、あんまり無理させられないから」 「そうか」 「今度一局打とういうて、さっき進藤の祖父ちゃんと約束したんやで」 「そうなのか? なら俺も一緒に行くから社連絡して」 「よっしゃわかった」 「俺さ棋聖戦の第1局が終わったら、文字の練習させられるんだぞ。小学生でもないのによ」 「へぇ~、誰に言われたんや」 「佐為」 「いいんじゃないか。しないよりした方がいいに決まってる。大体君の筆跡は小学生並みじゃないか。藤原さんの苦労が忍ばれるな」 「嫌味な奴だな」 「俺もそう思うけどな」 「和谷に言われたかねぇ。俺とドッコイドッコイだろ」 「俺の方がまだマシ。其れよりも親父さん気にしてたぞ、藤原さんのこと」 「佐為の事? 何を?」 「いつ何処で知り合ったのかとか、後援会になった経緯とかだよ」 「……あ~~そう。わかった」  そう言えば全然話して無かったなぁ。正直に全部は話せないし、誤魔化せるところは誤魔化さないといけないし。  うーん、父さん母さんごめんなさい。先に心の中で謝っておく。  塔矢の時のパーティーとはかなり趣が違っていたが滞り無く終了し、ヒカルと佐為・囲碁関係者が並ぶ中、参加者に記念品を手渡しながらお礼を述べお見送りをする。  ○●  そして今日はドイツに向け飛行中。12時間の間に何回食事出るんだろうって佐為に訊いたら「多分2回は出るのじゃないですか」と教えてくれた。  マグネット囲碁はあるし、映画を見たりしてればすぐ着きますよと佐為は言うけど、同じ場所に12時間は苦痛だよ。 「フランクフルト空港に着くんだろ。其処からベルリンまでどのぐらい?」 「そうですねぇ。東京と大阪よりも離れてますから、列車で4時間ぐらいでしょうね」  ヒカルは唖然としてしまった。12時間も飛行機に乗って更に列車で4時間も移動?! 眩暈がしそうなほど遠い。  ヒカルと佐為と芹澤先生はファーストクラスなので、まだゆったりと出来るので文句は言えない。泊まるホテルは「インターコンチネンタルホテル」と言うところらしい。  で、朝9時30分にルフトハンザ機で出発してベルリンに着くのは時差の関係で、同じ12日の夕方になるそうだ。その日は夕食を摂って就寝。明くる日の13日は休養日。14日は棋院の関係者の人達と、近場の観光名所で写真撮影があるらしい。  ヒカルは当日まで知らなかったが、記録係と秒読み係には片桐さんと小宮が選ばれていた。確かこの二人は同期の合格だったはず。 「棋聖戦の対局が間近に観られて、おまけにドイツまで連れてってもらえて、最高の仕事ですよね片桐さん」  小宮は上機嫌の様子。 「そうそう。進藤君頑張ってくれ。若手の期待の星なんだから」  うん頑張る。と応える。片桐さんも小宮もプロ試験を一緒に戦った。小宮は院生仲間なので、時々飲み会やみんなで集まって囲碁三昧をしたりしている間柄なのだ。 「ヒカル途中であまり寝すぎないようにしなさいね。8時間の時差を調整しないといけないですから」 「うん解ってる。ベルリンに着くのは日本時間で言うと真夜中ってことなんだろ?」 「そうですよ。ホテルに着いたら、スーパーまで買い出しに行きましょうかね」 「何買うの?」 「ミネラルウォーターとか」 「水? ドイツの水飲めないの?」 「飲めないことは無いですが、水が違うとお腹こわしたりしますから、用心の為です」 「フ~ン」  あの日から、何事も無かったかの様に佐為は振舞っている。だからヒカルも敢えて触れないようにして、普段通りに接している。今はそれでいいかなと思っている。    最初の食事の時間がやって来た。ヒカルが途端にウキウキしだした。表情が如実に物語るというお手本の様だ。 「洋食と和食のどちらがいいですか?」 「洋食!」  佐為が客室係の人に英語で返答している。佐為と芹澤先生も洋食を選んだらしい。オマケにワインまで頼んで二人で乾杯なんかしている。ヒカルはコーラを頼んだ。料理は一皿ずつ出てくるらしい。ホテルのフルコースの食事みたいだ。  食事も終わり暫くすると、ヒカルが映画が観たいというので操作してあげる。 「これでチャンネルを変えていきなさい」 「サンキュ、何やってるかなぁ。アニメ無いかな」   あったあった。アニメだぁと嬉しそうに観ている。横から佐為が覗いて観たが、何のアニメか解らなかった。  2時間ほどでアニメも終わりトイレ行ってくると立ち上がった。そう言えば佐為と打とうと思ってたけど、芹澤先生が側にいたら打てねえよな。小宮んところへ行って打ってくるか。よし、そうしよう。  トイレから帰り「佐為、俺小宮達と一局打ってくるわ」  バックからマグネット碁盤を出し、じゃ行ってくるなと声を掛ける。 「はい、行ってらっしゃい」  それから片桐さんと小宮と一局ずつ打ち、もっと打つかと相談してたら、そろそろ夕食だから戻りなさいと佐為に呼ばれた。  夕食は特別ディナーと和食から選べるようで、ヒカルはすかさず特別ディナーにした。佐為と芹澤先生は和食を選び、今度は日本酒を頼んでいた。 「芹澤先生もアルコール強いんですか?」 「まあまあいけますね。進藤君は弱かったですね」 「はい、ダメみたいです」  そう言いながらヒカルが佐為の料理をじっと見ている。 「食べたいの?」  そう訊いたら「うん!」  軽やかな返事が返ってくる。 「はい、どれでも好きなものどうぞ」  和食は八寸と蕎麦がメインになっている。鰻寿司、鰈求肥(カレイギュウヒ)巻きを選んでいった。 「佐為は何かいる? 肉食べる?」 「いえ大丈夫。お酒呑むとあまり食べないからこれで充分」  そのやり取りをずっと観察していた芹澤は、この二人はどういう関係なんだろうと考えていた。勿論藤原さんが棋院のスポンサーに就いたのは知ってるし、進藤君の後援会に就いたのも知っている。だけどどう見てもそれだけの関係じゃなさそうだ。藤原さんが進藤君を名前で呼ぶのは、まあ解る。だが進藤君も藤原さんの事を常に名前で呼ぶ。それも呼び捨て。藤原さんもそれが当たり前として接している。  藤原さんがネットのsaiではないか? と言う噂も飛び交ってる。その真偽を確かめられた者は今の所いないようだ。仲のいい塔矢君や和谷君が判らないらしいので、彼らに無理なものは赤の他人ではどうしようも無いだろう。  ふたりがとても親しい間柄だと言う噂は聴いている。とても慣れ親しんだ間柄。進藤君は全幅の信頼を置いているように見える。藤原さんはいうなれば保護者? イヤ、そうじゃないな。守護者という方がピッタリ来る。絶対必要不可欠・大切な者を守る人。  ああ~そうか、唐突に思い至った。彼は進藤君を愛しているんだ。成る程そうであるならよく理解出来る。      肉親を愛する様に、大切な者を愛する様に、愛しい人を愛する様に。  多分そのどれもが合わさった愛情なんだろうなと思える。しかしどちらにしても茨の道であることに変わりはない。そうかそうか、守護者がピッタリくると思ったのは、そういう事か。なら私も力になれる事があるなら手を貸そう。あの才能をむざむざ潰すような事があってはならない。  その時藤原さんが話しかけて来たので、今までの思考は一旦脇に置いて、差しつ差されつ会話を楽しむ。  その後ヒカルはお風呂に入り、4時間ぐらいなら寝てもいいと言われたので寝ることにした。座席がベッドに早変わりする結構寝心地いい。ファーストクラスっていいなぁ、などと考えてたらすぐに瞼が重くなってきた。  数時間後、飛行機は定刻より少し遅れフランクフルト空港に降りたった。

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