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想恋歌

第三章 揺蕩う想いに 第二十九話                             2014.7.15

「なあ佐為~、龍駒鳳雛(りょうくほうすう)臥竜鳳雛(がりょうほうすう)って何? 俺と塔矢の事?」 「そうですよ。なかなか言い得て妙ですよねぇ。出版部もやりますね」 「佐為ぃ~、だから意味教えてくれよ。いいえてみょうって言うのも解んねぇよ」  毎週月曜日発売の「週刊 碁」 佐為の家にある雑誌を見ているヒカルなのだ。 「簡単に言うと、 龍駒鳳雛(りょうくほうすう)の龍駒は、駿馬のことです。すぐれた少年のたとえに使います。鳳雛は、大鳥のひなです。幼くして才智のすぐれている子とか聡明な少年、神童のたとえに使います。    臥竜鳳雛(がりょうほうすう)は才能がありながら機会に恵まれず、力を発揮できない者のたとえです。機会を得ず、まだ世に隠れているすぐれた人物のたとえ。または、将来が期待される若者のたとえとしても用います。 「鳳」は想像上の瑞鳥(ずいちょう)鳳凰(ほうおう)のことですよ。  言い得て妙とは、(実にうまく言い表したものだな) と言うような意味です」 「で、俺はどっち?」 「おそらく、龍駒鳳雛が塔矢君で、臥竜鳳雛をヒカルに見立てたと思いますよ」 「フ~ン」 「理解したヒカル?」 「えっ! エヘヘヘヘヘヘー……」  上目づかいに佐為を見て、はにかんでいる。  佐為はブルッと心が震えた。そういう顔をするのはヤメて欲しい。  ヒカル食べちゃいたい……けど、ああ~ダメダメ。 「難しい棋譜を一瞬で覚えられるのに、ヒカルの脳の構造がどうなってるのか不思議ですよ」 「いいも~ん。どうせバカなんだし」 「ヒカルはバカじゃありませんよ。知識と経験が足らないだけです」 「知識と経験があれば、バカじゃないってこと?」 「だからバカじゃありませんて。要するに知識と経験がきちんと身につけば、そこから【知恵】が生まれるのです。  大学出たばかりの若者が社会に出てもすぐ役に立たないのは、知識だけは学業で身につけても、経験が無いから言われた事に対して知恵が回らないからです。反対に経験はあっても其れに伴う知識が無いと、レベルアップしないってことです」 「へぇー、そういうものか。でも塔矢はバカって言うぜ」 「本気で思ってる訳じゃないですよ」  ヒカルは棋聖戦の挑戦者になったので、規定により八段に昇格する。  そして、今日明日は塔矢の名人戦・第6局目の真っ最中で、明後日の9日は自分の天元戦第1局目の開始である。  場所は石川県金沢市なので、明日には移動しなければならない。  塔矢は今回勝てば四勝二敗で、タイトルホルダーとなる。  本日の対局は終了したので二人で食事に出掛け、ヒカルはそのまま市ヶ谷のアパートに送って貰う。  さあ出掛けましょうという時になって、ヒカルが佐為におねだりしてきた。 「なあ佐為、挑戦者決定戦勝ったからさ、ご褒美欲しいなぁ」  小首を傾げて佐為を見ている。だからそういう顔はしないでヒカル。 「ご褒美? 何か欲しいものがあるの?」 「うん」 「何ですか?」  ヒカルがこういう事を言うのはとても珍しい。というか今までそんな事を言った事はないと思った。  様子を見ると恥ずかしそうにしている。不思議に思って「何が欲しいのですか。何でも言ってごらんなさい」 「あのさ」 「はい」 「あの、あの、抱いて」 「ッ! ……………………えっ?」  抱いてって、どういう事? えっヒカル? 唖然としながら棒立ちの佐為。 「あのヒカル、抱いて……って?」 「だから、抱きしめて俺を」 「……あ、ああ~。抱きしめる、ですね。ああナルホド、ハハ」  思わず苦笑いしてしまった佐為。 「はい、いらっしゃい」  ヒカルは嬉しそうに佐為にギューッと抱きついてくる。 「佐為にこうやって抱いてもらってると、俺すごく安心するんだ」 と、至極ご満悦でゴロニャン状態。  まさに蛇の生殺しですよこれは。でもまあ、今は良しとしておきましょうか。こうやって触れ合えるだけで、幸せなんですから。  佐為もギューッと力を入れたら「く、苦しい佐為、さぁい!」 「ごめんなさい。ちょっときつかった?」  そう言いながら、額にキスをしてあげた。案の定ヒカルの顔は赤くなった。 「誰がキスしていいって言ったよ」 「このぐらい役得ですよ。さっ、出掛けますよ」  これ以上此処にいたら、自分が我慢出来る自信がなくなる。この最上級の無邪気さを、何とかして欲しい。 「あー待ってくれよ」 バタバタと後を追いかけるヒカル。「置いてくなよー」   明くる日塔矢は第6局を落とした。戦績はそれぞれ三勝三敗。最後の第7局までもつれ込むことになった。  ヒカルはホテルに到着した旨のメールを佐為に入れた。勿論後で電話をする。その前に落ち込んでいるであろう塔矢に電話を入れた。 「ヨォ、何やってんだよ」 「移動中だよ」 「違うわ、そういう事じゃなくて、って東京に戻るんか?」 「遅くなるけど、戻れない距離じゃないからさ。自分の家で寝たほうが落ち着くだろ」 「まあそうだな」 「僕の事より自分の心配しろよ。明日から天元戦だろ。もうホテルに着いたのか?」 「うん、さっき着いた。自分の事なんか心配してないよ。てか、心配してもしょうがない。やるだけやるしかない」 「そうだな、頑張れよ。今の君なら大丈夫さ。負けたら藤原さんに顔向け出来ないだろ?」 「クー、イヤな事言うなよ。まっ、頑張るさ」 「うん。明日は僕の家に皆が集まることになってるんだ。応援してるからな」 「解った。じゃなおやすみ」 「おやすみ進藤」  対局数が増えて疲れているのは確かだけど、それは言い訳にならないし。進藤に負けたのが尾を引いてるのだろうか? いや、そんなことは無いな。自分が負けた事への言い訳を探しても仕方ない。次の対局までに心身整えて望むだけ。ハァ、着くまでちょっと寝ようっと。  ○●  第31期 天元戦 挑戦手合五番勝負・第一局  ・ 全互先 先番6目半コミ出し・ 持時間 各4時間・ 秒読み 残り5分前より。  一柳天元との対局数はそんなに多くない。普段は飄々としていて、落語家のような雰囲気でよく喋る人という印象だ。だが対局になると、とてつもなく怖ろしい人に変貌する。  だが、ヒカルも碁界に身を投じて早5年経つ。対局に入って変貌する人は、其れこそゴマンとお目にかかった。  そんな事で怖気づく程、もう子供じゃない。この対局絶対勝ってやる!  一方塔矢の家に集まった面々は、和谷・伊角・冴木・芦原・越智・門脇・本田・奈瀬達だ。  それぞれ差し入れ持参の事が条件。 「奈瀬さん、プロ試験はどうなってますか?」  塔矢が久しぶりに会った奈瀬に問い掛ける。 「うん、今10戦終了して九勝一敗よ。あと、5戦残ってる。庄司が全勝で二敗が二人いる。中々厳しいわ」 「その庄司君との対局は?」 「もう終わったわよ」 「成る程、その一敗ってことですね。後で僕と一局打ちましょうか?」 「えっ! ホント? 打ってくれるの。ありがとう」 「棋戦がちょっと忙しくて、最近ネット碁もやってませんからね」 「チェ、棋戦が忙しい奴はいいよな」  パコーンと和谷の頭を塔矢が叩いた。「イッテェー! 塔矢てめぇ!」 「じゃ、奈瀬さん、飲み物出すの手伝ってくれますか?」 涼しい顔で奈瀬に頼む。 「あ、うん、OKよ」  奈瀬は唖然としていた。塔矢が和谷ととても馴染んでいる様子が、信じられなかった。塔矢ってちょっと見ない間に凄く変わったわ。やっぱり進藤とか和谷の影響なのかしら? でも全然イヤじゃないわね。  そしてもう一人唖然としている越智がいた。 「今日の進藤絶好調って感じだな。塔矢の時の決定戦でも凄かったもんな」 「あれは塔矢が調子悪かったんだよ」 と言いたい放題だ。 「僕は別に調子悪くありませんでしたよ。進藤がその上をいったんです」 「進藤って最近グーンと棋力上がってきたよな」 「そうそう、俺もそう思ったね」 「なんか原因があるのかな?」  塔矢と和谷は勿論知ってるが、誰にも話さないって約束があるので口を閉ざしてる。  そして、絶好調と見られているヒカルが、予想通り一柳天元を2目半差で下した。 「カァー進藤やっぱ調子いいなぁ~。ここの応手なんて凄くいい手だよな」 「そうだな。なんか一段上を走ってる感じだよ。まあそれは塔矢も一緒か」  その塔矢と奈瀬は真剣勝負だ。真剣勝負なれど指導碁も兼ねている。 「奈瀬さん、ここの頭をたたくより、こちらの三間ビラキに飛び込んだ方がいいです」 「どうしてよ」 「今ここで頭を抑えるといずれ死んでしまいます。やってみましょうか?」  パチパチと打っていくと途中で奈瀬が「アッ」 と声をあげた。 「そうか……そういう事ね。成る程ね、解ったわ。ではこちらに打ち込むわよ」  奈瀬さんの棋力は、かなり上がって来てるなと思っていた。もう少し大局を見定める力がつけば言うこと無い。  これは女性だからなのか、個人の資質による所が大きいのか定かではないが、一般的に大局を観る力は、女性より男性の方が優っていると言われている。あくまでも一般的な話で、勿論女性でも優れた人はいるし、男性でもその能力が劣る人はいる。だが、訓練次第である程度は上げていくことが出来る。 「奈瀬、かなり棋力上がってるな。なあ塔矢」 「そうですね。プロ試験は通るかもしれませんが、最初の頃はキツイかもしれませんよ」  と、先程自分が感じて事を話して聞かせた。 「大局を観る力か……難しいな、私に出来るのかな?」 「大丈夫です。訓練次第で上がります」 「塔矢とか進藤って、どうやって訓練したの?」 「僕は小さい頃から打ってますので、自然と対局で覚えて行きました。進藤はもともとそういう力が備わってるのだと思います。碁を初めて1ヶ月程度で、棋譜が全部覚えられたそうですから」 「エエッ! 進藤って天才?」 「そうかもしれませんね」  その頃佐為は、仕事を放り出す訳にもいかず、時々携帯の速報を見ながらヒカルを思っていた。今のヒカルなら大丈夫だと思いますが、勝負は水物ですから。  しかし、この間のおねだり攻撃には吃驚しました。今思い出しても笑いが込みあげて来るようだ。  可愛いヒカル。純粋なヒカル。ヤンチャなヒカル。明るい太陽のようなヒカル。対局する時の雄々しいヒカル。    そのどれもが佐為の琴線を擽り、堪らなく愛おしい。  私はこの世に生を受けて三度の過ちを犯した。生きてない時間もあったけど。  一度目は平安時代に入水自殺。二度目は虎次郎の人生を奪ってしまった事。  そして三度目の過ちは、ヒカルを愛してしまった事。  ――私はきっと天国にはいけませんね。でも神は、そんな私を何故転生させてくれたのでしょうか? 神に何か思惑があるのでしょうか? 虎次郎は転生してないのだろうか。もし虎次郎に会えたらどんなに嬉しいだろう。そして謝りたい虎次郎に。許してくれないかもしれない。それでも謝りたい――        。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。  勿論、ヒカルも佐為も知らないのだが、神の思惑は存在している。  佐為を転生させた神は、佐為を愛していた。えっ? 神様が恋をするのかと思うでしょ?   するんですよ神も。恋したり愛したり、喧嘩も嫉妬もするものなんです。  だって神ですから。自分中心、我儘、傲岸不遜。自分に出来ないことなんて何もないし、自分に逆らう者など誰も居ないと思ってる連中ですから。あっいえ、口が滑りました。皆々様ですから。  でも、其れは人間相手だから出来る事であり、神同士であれば、其れこそ遠慮会釈がありませんから、凄まじいのですよ、何もかもが。でも時には、優しさのカケラを見せることもあるのです。  その佐為を愛してしまった神は、佐為がヒカルを愛しているのを知っていた。  佐為が必死に願っていた、ヒカルの元に帰してと。会えばいつも懇願していた、どうかヒカルの元にと。  神の力があればすぐにでも転生させる事はたやすい事。だが、神はそれを教える事はしなかった。少しでも佐為を側に置いておきたかった。碁を打っている時は楽しそうに、ヒカルの事を語る時は嬉しそうな佐為。  その想いに神は負け、ちょっとだけ手助けとなるヒントを与えてやる。  自分が戻るべき魄があるはずじゃ。意識を凝らして捜してみよ。捜し当てたなら、転生させるのも(やぶさか)ではないと。佐為に教えたら日がな一日中、何日も何ヶ月も捜しておった。 「(さ) の神よ、良いのか佐為を人界に戻して、そなたはよいのか」 「ああ、(ゆ) の神か。よいのだこれで。いずれ時がくれば佐為はまた此処に戻ってくるからな」 「だけど、あの子供もそのうち此処にくるぞ」 「ウッ……そうさな。だが彼らには、まだしなければならない事が残っておるでな、致し方ない」 「そうだな。虎次郎はまだ再会しておらんようじゃな」 「ああ、虎次郎は気づいているが、佐為の方が気づいておらんな」 「佐為は見目形が一緒じゃから、すぐ判るわな。何で虎次郎も一緒にせなんだのじゃ」 「煩いな。いいではないか」 「ヤキモチか。おかしなところで焼きおって。変な奴じゃ。なら、虎次郎から接触しない限り再会は無いと言う事か。フム虎次郎はどうするんじゃろな。これはちょっと面白い……か?」  などと、天界でこんな会話が交わされてることなど、人界に居るものは誰も知る由もない……。        。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。  天元戦第2局は翌週の17日・木曜日、北海道旭川市である。その前々日に塔矢の名人戦最終対局だ。  これに勝てば塔矢は名人タイトルホルダーとなる。 「対局が立て込んでるなぁ~。対局って何で地方へ行ってするんだろう? 東京で全部すれば楽チンなのになぁ」  昨日の天元戦を終えて、先程東京駅に到着したところだ。もう昼に差し掛かるし、アパートに帰って料理作るのもカッタるいし、昼ご飯を食べたら晩ご飯は弁当でも買って帰ろうかなぁと思っていた。何処の店に入ろうかなぁと物色していたら、喫茶店の奥の席に座る和谷を見つけた。 「あれ、和谷じゃんか。ん? なっ! なんで?」  あかりと楽しそうに話し込んでいる和谷だった。しばし唖然と二人を見ていたが、ハッと我にかえり 「和谷とあかり……エエッ~!」  テーブルの上には見たことのある紙袋が置いてある。 「あれって韓国の土産じゃん」  二人は話に夢中の様で、周りの様子には全く気づいていないようだ。ヒカルは思わず笑みが零れてしまい、ニソニソするのが留められずにいた。このまま見なかったことにしようと、そっとその場を離れる。  あの二人付き合ってるのか? だとしたら何時から付き合ってるんだろう? ここ最近だよな多分。もし付き合ってるのだとしたら、中々お似合いだなと思う。あかりには幸せになって欲しい。大事な幼馴友達だから。 「和谷、不幸せにしたらゼッテェー許さねぇ!」 和谷が聞いたら「ちょっと待て! なんでそうなる」 とでも言いそうだ。  ヒカルは自分の空腹を満たすべく、ウキウキしながら去っていった。佐為に報告しようっと。

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