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想恋歌

第三章 揺蕩う想いに 第二十八話                             2014.7.7

 韓国から帰り明けて3日後、塔矢は名人戦挑戦手合第五局の為に、兵庫県神戸市に向った。  これまでの戦績は二勝二敗で、どちらが勝っても王手を掛けることになる。畑中先生も一筋縄ではいかないから楽では無いだろうけど。  昨夜は進藤、和谷、社から連絡が来て「勝て!」  お決まりのエールが送られた。勝つつもりでやるに決まってるのだが、一応返信する。「ありがとう。頑張るよ」    11月になれば、棋聖戦の挑戦権をかけた進藤との対局がある。進藤は天元戦の挑戦手合も始まる。  いやまず自分の事だ。父が持っていた名人のタイトルを今度は僕が……。ダメだ落ち着け。気負ってしまってもいいことは無い。先程、懇親会も終わりやっと自室のベッドで寛げる。風呂に入ってゆっくりしよう。一度頭の中をカラッポにしたほうがいい。  三大タイトルは、一局を二日間かけて打つ対局だ。常なる平常心と強靭な精神力を要求される。  ベッドに横になり、韓国での出来事を思い返す。  藤原佐為、あの人はネットのsaiで間違いない。ネットで対峙したのは藤原さん。それは確信出来る。  では僕と一番最初に打った進藤の打ち筋は? 二回目に対局したあの一局は、誰なのだ?  今思い返してみても進藤ではない。進藤の中に二人居る。そう思っていたあれは何だったのだろうか?  考えれば考える程判断がつかなくなる。ダメだなやっぱり。今夜は考えるのはやめて寝るとするか。  明くる日の対局は形勢五分で進み、一日目の封じ手は塔矢が行った。  二日目、塔矢は少々苦戦を強いられていた。だが諦めてはいない。このぐらいの事で諦める程、柔な精神力はもち合わせていない。人により多少の差はあるだろうが、勝負師は概ねそういうものだ。逆転出来るチャンスは巡ってくる。  塔矢は自分の石が生きられる箇所を探し続け、すでに長考の時間も20分経過していた。  もし、進藤ならこの局面をどう捉えるだろうか? 進藤と僕では局面に対する捉え方が、違う事が多々ある。あえて言うなら、それは棋風と言えばイイだろうか? 自分が考えても結論が出ない時、進藤だったらと考えると……。  10分近く考え込みひとつの答えを見つけた。  塔矢が打ち込んだ石を見て、思わず唸る畑中名人。考えてなかった所に打ってきた。いい手だな。この石は殺せない。形勢が一気に五分に戻った。流石に塔矢アキラ、伸び盛りの勢いを感じる。だが俺もタイトルホルダーだ。若造如きに遅れはとらない!  そして白熱の対局も終局となり、整地を終えてみれば、白番塔矢の1半目勝ちとなった。 「やられたな。塔矢君見事だった。しかし次の対局ではこうはいかんぞ」 「はい、僕も全力で戦います先生」  これで戦績は三勝二敗。検討も終わり自室に引き上げる。ゆったりとお風呂に浸かり対局の疲れを癒やす。 「勝てて良かったぁ……」  思わず独り言が口をついて出る。次は11月3日に棋聖戦の挑戦者決定戦がある。宿命のライバル進藤との対局だ。負けるつもりはサラサラも無い。それは進藤も一緒だな。  届けられた夕食を摂っている時に、進藤から電話が入った。 「モグ……もしもし」 「……口の中に物を入れたまま喋らなぁーい!」 「ブッ! ちょっと待て。――もしもし、ゴメン」  いつも自分が言ってる事を、進藤から言われるとは思わなかった。 「なんだよ、メシ食ってたのか」 「うん、そう」 「そうか、悪かったな。今日の対局ちょっとキツかったな。でも勝てて良かったじゃん」 「ありがとう。何とか勝ちを拾えたよ」 「3日の挑戦者決定戦楽しみだな。ぜってぇー負けないからな」 「それはこっちのセリフさ。僕だって負けないよ」 「よーし、ワクワクしてきたな。今夜はゆっくり休めよ」 「ああ、わかった。おやすみ進藤」  電話を切って食事を続けていると、次から次へとメールが入って来た。みんな今回の対局に対する、祝いの言葉が書き込まれている。正直、みんなの気持ちが嬉しい。今夜はゆっくりと眠れそうだな。  佐為はヒカル達が帰国してから4日後に帰国した。正に塔矢の対局日初日だった。帰国当日は佐為も何かと忙しく、夜までスケジュールが立て込んでいた為、ヒカルと会うのは翌日になった。  韓国では対局の後、(ファン)にコッテリ絞られた。原因は永夏(ヨンハ)に対する態度だ。 「ああ~もう、ウルサイですねぇ黄。あれぐらいいいじゃないですか、どうって事ありませんよ」 「う、うるさいとは何ですか佐為!! 大体永夏が進藤君の事を好きだって、何故知ってたんです?」 「高永夏、ヒカルを抱いたのですよ」 「抱いた?! エッ! ヤっちゃったんですか?」  思わず口が滑ってしまった黄泰雄(ファン・テウン)。佐為に据わった目で睨まれる。 「黄、……露骨。そんな事したら、あれぐらいでは済みませんってば。違いますよ、抱きしめたんです」 「なんだ、抱いただけですか。いいじゃないですかそのぐらい。親愛の情の表れでしょ?」 「よくありませんよ! 私だって時々は我慢してるのに~クゥ~。それはそうと、高永夏は流石の棋力ですね。楽しみな逸材です。ヒカルと公式戦で戦わせたいです」  ――時々は我慢してる? ですか。持ち上げたり下げたり、ヤレヤレ――  そんなこんなを思い出しながら、ヒカルと二人で塔矢の対局の検討をしている。  就寝時間が遅かった為、ヒカルがマンションに来た時は、佐為はまだぐっすりと寝ていた。出張の疲れも残っていたせいかも知れない。 「佐為、来たよぉー」  ヒカルが呼びながら部屋に入って来ても、目を覚まさなかった。 「……れ? まだ寝てる? へぇー珍しい」  ベッドの側に膝を付き、頬に拳を当てながら頬杖をつき、佐為の寝顔をジーッと眺める。 「佐為って寝顔も綺麗だな。俺みたいにポカンと口開けて寝てないんだな」  そういえば事故で入院してた時も、お人形が寝てるように綺麗だったのを思い出す。 「んぅー……」  佐為が声を出し身じろぎした。その眼が徐々に開かれヒカルを認める。佐為はニッコリ笑い、ヒカルの頬に手を添え「おはようございます」  そう言いながら起きた。 「おはよう。まだ眠いのだったら寝てていいよ。昨夜遅かったんだろ?」 「ええ、そうです。寝たのは四時頃ですね」 「エッ! じゃ六時間ぐらいしか寝てないじゃん。もうちょっと寝たら? 疲れが残ってるんだよ」 「いえ、大丈夫です。六時間寝れば充分です。それにヒカルの顔を見たら元気になりました」 「え、あ、そうなのか?」  何やら、ちょっぴり恥ずかしい。 「じゃ、俺が朝ご飯作るから、佐為は支度して来てよ」 「ではお言葉に甘えて、そうさせて貰います」 「よっしゃ、頑張って作るぞ」  そういいながら部屋を出て行くヒカルを、愛おしそうに見詰める。こんなごく普通の事がとても幸せに感じる。  洗面を済ませシャワーを浴び、ラフな服装に着替えて食卓に向かう。  芳しいコーヒーの香りが鼻孔を擽る。そしてもう一つ味噌汁の香りがする。食卓を覗くと見事な和食が出来上がっていた。 「待ってて、もう少しで出来るから」 「はい、いいですよ。ヒカル食材購入して来たんですか?」 「うん、そう。だって韓国行ってたから何も無いと思ってさ」 「まあ、確かに。でも和食なんて珍しいですね」 「日本人はやっぱ和食だぜ」  メニューは、ご飯に豆腐とワカメの味噌汁。鮭の切り身がこんがり焼き上がり、切り干し大根の煮付けと卵焼きに、韓国産味付け海苔。後は食後にコーヒーと、ヒカルだけオレンヂジュース追加。結局マンションにも果実絞り器が欲しいと言うことで、買うはめになった。 「ヒカル、この切り干し大根の煮付け今作ったの?」 「ううん、昨夜お母さんに教えて貰って作ってきた。俺大根好きだからさ。本当は味噌汁も大根にしたかったんだけど、時間かかるから今日はヤメた。あっ、佐為はダメだった?」 「私も大好きですよ。和食が一番好きですから、何でも食べれます」 「ハハ、やっぱ佐為って感じがする」  ○●    会えなかった間何してたのか、お互いに話して聞かせる。二人で後片付けをし、早速塔矢の対局を見学する。  WOWOWデジタルプラスは、この年の9月で放送が終了していたが、スカパープレミアムサービスで放送されていた。  TV観戦しながら、二人で検討をしていく。 「今日の塔矢はちょっと苦しそうだな」 「そうですね。いつもとちょっと打ち方変えてるようですよ。どんな思惑を狙ってるのですかね」  そして例の長考に差し掛かった。 「塔矢の奴ここで逆転の一手を狙ってるな」 「ヒカルならどう打ちますか?」 「ウ~ン。そうだなぁ……」  こちらも長考しだした。  ――こっちを抑えると畑中先生がこう来てこう打ってこうで、ダメだな。ここのカケツギもまずいし、ここの頭を叩いても追いつけねぇし。ウ~ンウ~ン――と長考の末、 「佐為ここ! これならこの白石殺せない。形勢も戻る。どう?」 「はい正解。よく気が付きましたね。流石ヒカル」  佐為に褒められ嬉しそうにするヒカル。「但し、この後の応手間違えたらそれで終わりですよ」 「解ってるよもちろん」  そして10分後、塔矢もヒカルが示した同じ場所に打ってきた。 「おっ、塔矢の奴気がついたじゃん」  佐為はそれを見てニタリとしていた。塔矢アキラ、ヒカルの思考で打ってきましたね。 「ヒカル、塔矢くんは力碁が得意なタイプです。でも其処にヒカルのような棋風を重ねて来ると、かなりの強敵になります。ですから棋聖戦の挑戦者決定戦まで、徹底的に扱きます。覚悟しなさい」 「……はい、先生」 「あっ、それから今度の棋聖戦の第1局目は、ドイツのベルリンで行われますから、ヒカル何としても塔矢くんに勝つんです。私も一緒にドイツに行きます」 「ホェ? ドイツ? 海外で棋戦なんてあるんだぁ。じゃ、佐為と初めての旅行に行けるんだ。よーし、俺絶対頑張るからな」  拳を高くあげて気勢をあげるヒカルを、楽しそうに見ている。  海外対局は棋聖戦の第1局だけが組まれている。1998年までは毎年行われていたが、1999年からは原則2年に一回、海外で行われる。ちょうど2006年の棋聖戦がそれに当たる。  決定戦の前々日まで佐為にみっちりこってり指導を受けていたヒカルは、殆ど泊まり込み状態だったので、昨日の昼過ぎに自宅に戻った。その方が棋院に近いので楽チンだから。という理由で。  棋院は表面上平静な対応をしていたが、内実はワクワクものであった。今や碁界を代表する若手の雌雄対局だ。どちらが勝っても史上最年少の棋聖挑戦者となる。塔矢は前回の挑戦者決定戦で、倉田に敗北している。  その倉田も、挑戦手合では芹澤棋聖に負けている。  名人戦では塔矢君が一歩りードしている。そして進藤君は天元戦挑戦者だ。  これがワクワクせずに要られようか、と言うのが棋院の本音であった。  出版部では紙面を彩る語句を何にしようかと、あれやこれやと頭を捻っている。  11月3日・木曜日、棋聖戦挑戦者決定戦。  先番6目半コミ出し、持ち時間各5時間。場所は市ヶ谷本院・幽玄の間。   龍駒鳳雛 (りょうくほうすう)】  VS 【 臥竜鳳雛 (がりょうほうすう) の戦いが幕を開けた。  今回の対局は幽玄の間なので、モニター室で観戦が出来る。時間が空いている棋士たちは、三々五々棋院に集ってくる。棋士の間でもこの対局は噂になっている。勿論、挑戦を受ける芹澤棋聖も観戦に訪れている。  対局は昼休憩を挟み、午後の戦いに突入している。形勢はどちらとも言えず五分五分で進んでいた。  出版部の記者古瀬村は、此処ぞとばかりにインタビューをとる。 「芹澤棋聖、この二人の戦いどう見ます?」 「二人共怖い存在です。私の研究会にも時々顔を出してくれますが、二人共秘めた才能が窺えて、会う毎に伸びていってるのがわかります。底知れぬ存在ですよ」 「桑原本因坊はどうですか?」 「ヒャヒャヒャッ、ヌーヴェルヴァーグじゃよ。のう緒方君」 「そうですね」 「どうじゃ緒方君、どっちが勝つか賭けをせんか?」 「また賭け?」  小声で発される言葉。こっちは隅の方で観戦している和谷達。 「なんだ和谷、また賭けって?」  伊角さんが尋ねる。 「いや、桑原先生と緒方先生ってさ、進藤の新初段シリーズの時も賭けをしたんだよ」 「塔矢元名人との対局か?」 「うん、そうそう」 「今回は結構!」 「ヒャハハー、今回は自信がないとみえるのう」 「なんとでも」クソジジィめ。  その時トントンと扉を叩く音がして「失礼致します」  優美な声が聴こえ藤原佐為が入室して来た。 「お邪魔させて頂いて宜しいでしょうか?」 「ああ藤原さんか。こちらへどうぞ」 「ありがとうございます」 「こんにちわ藤原さん」 「和谷君、社君、皆さんこんにちわ」 「おお、お主が藤原さんか。お初にお目にかかる。桑原じゃ」 「初めまして桑原本因坊。藤原でございます。宜しくお願いします」 「初めまして。芹澤です」 「初めまして芹澤棋聖」 「いやいや、これはこれは。噂には聞いておったが、聞きしに勝る美貌じゃな。男にしておくのが惜しいぐらいじゃ。女じゃったらすぐ囲うのに実に惜しいのう、フォッフォッフォッ!」  ただ一人を除き、全員がギョッと目を剥いた。桑原本因坊なんて事を…… 『この爺ちゃん、エロ丸出しやんけぇ』 「クックッ、本因坊は人をお誂いになるのがお好きとみえる」  優雅に微笑みを浮かべ、泰然と構えている佐為。 『こやつ、なかなかの曲者じゃな。緒方より数段上じゃわい』  場の空気がシラーッとした方向に向かいかけた時、記者の古瀬村が言葉を発する。 「あの、藤原さんもバックスポンサーとして、この対局が気になるんですね」  えらい! 古瀬村さん。流石その場の空気などものともしない男。 「バックスポンサーというよりも、進藤ヒカル七段の後援会としてですね」 「エ゛ッ!? 進藤七段の後援会? それは後援会として名乗りを上げたってことですか?」 「いえ、もう決定事項です」 「エエッ!」  緒方と和谷と社は大体の事情が分かっているので、さほどの驚きは無かった。 「あっ、進藤君が穏やかじゃない手を打ってきましたよ。これは塔矢くんちょっと厳しいですか」 「そうですね。アキラ君はどう出るかな?」  幽玄の間。  塔矢はかなりの長考に入っていた。  ――進藤にかなりいい手を打たれてしまったな。白石を殺せる場所は? 黒石が生きられる場所は?  やはり中央に入って行くしか手が無いな。一か八かだ。――  そして一時間後、対局は終了。進藤ヒカル七段、中押し勝ち。第30期棋聖戦挑戦者は、進藤ヒカル七段に決定した。 「さて検討に行きますか。藤原さんもご一緒に」 「いえ、私はここで失礼させて頂きます。お邪魔をして申し訳有りませんでした」 「そうですか。それでは失礼致します」  和谷が佐為に近付いて来て尋ねる「進藤に伝言しましょうか?」 「いえ和谷君大丈夫です。後で逢うと思いますから」 「あっ、それは失礼しました。じゃ僕達は此処で」 「はい、失礼します」  週刊「碁」のトップ記事は、以下の様になった。
龍駒鳳雛 (りょうくほうすう)】  VS  【 臥竜鳳雛 (がりょうほうすう)】   新たなる時代の幕開け!!

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