想恋歌
第三章 揺蕩う想いに 第二十七話 2014.6.17
瞳に宿るものは何? 心の底に揺らめくものは……なに ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 秀英邸に到着した面々。秀英はまだ両親と一緒に住んでいるのだが、かなり裕福な家だなと思われた。 「秀英、お前ん家って金持ちなんだな~」 視線をキョロキョロ飛ばしながら和谷が感想を洩らす。 「そうか? 普通だろ」 「いや、これは普通とは言わねぇぞ。なぁ進藤」 「ああ、俺もそう思う、なぁ社」 「いちいち振って回すなや!」 「漫才やってないで、ほら、早く上がるぞ」 「オイ塔矢、何処が漫才なんや。こら待てぇや、人の話聞いとんのか!」 後を追っかけ玄関に入ると、秀英の両親が揃っていた。 「お父さん、お母さん、日本から来た友達。みんなプロの囲碁棋士だよ。左からワヤ・シンドウ・トウヤ・ヤシロだ」 「ハングゲ チャル オショッッ スムニダ。スィオ カ チュ セヨ。(韓国にようこそ。ゆっくりしていってください)」 秀英が通訳してくれた。それを受け塔矢が挨拶をする。何しろ韓国語が出来るのは塔矢だけ。 「カムサハムニダ。ボサルビムル ネギハムニダマン、チョケ ブタカムニダ。(ありがとうございます。お世話をお掛けしますが、宜しくお願いします)」 リビングに案内されて腰を落ち着ける。かなり広くて十八畳ぐらいはありそうかと見当をつける。 「もうすぐ晩御飯だって言ってたから、お茶だけでいいだろ?」 「うんいいよ。僕達手伝わなくていいのか?」 「お手伝いの人が来てるから大丈夫だ。今のうちに部屋に案内するよ。荷物置いてきて」 「わかった」 二部屋続きの部屋だから、全員で寝ても余裕の広さがある。コロンと横になったらそのまま寝てしまいそうだ。 「永夏、帰ってきたかなぁ~」 ヒカルの呟きに「うん、後で電話してみる」秀英の返事が返ってきた。 その後、量もたっぷりな豪華な夕食をご馳走になった。食べっぷりの良さを感心されたり、後片付けをお手伝いをしたら喜ばれたりと、秀英の両親はとても気持のいい人達だった。 これからもずっと息子と仲良くしてくれと言うので「勿論です。みんな秀英が大好きですから」 ヒカルの言葉を塔矢が通訳して伝える。 「恥ずかしい事言うなよな!」 顔が赤らんでいる息子と、じゃれ合っている友人達を、両親は微笑ましく見ていた。 その晩のこと、皆で集まり検討を始めていた。その検討も終わり秀英が永夏に電話をかける。 「ヨボセヨ、ああ秀英か」 「永夏、もう家に帰ってる? 黄先生が残ってくれたんだけど」 「今家に居る。先生は先程帰られた。心配かけて悪かったな」 「そっか、よかった」 言いながらOKサインを出して見せる。みんな安堵の表情を浮かべている。 秀英電話代わってと、進藤が言っている。 「永夏、進藤が電話代わって欲しいと言ってる。代わるよ」 念を押して進藤に電話を渡す。 「もしもし。あの大丈夫か永夏?」 永夏のフッと笑う声が聴こえる。 「ヒカル心配しなくてもいい大丈夫だ。さっきは俺が悪かった。藤原さんには責任ないから」 「うん分かった。明日空港に来れる?」 「ああ、ちゃんと見送りに行く」 「うん! 待ってるな!」 ヒカルの弾けるような声を聞き、充足感が拡がっていく。けど、俺ではダメなんだなというのは、先程のヒカルを観て解った。 「永夏、じゃまた明日。オヤスミ」 電話を終わり何となく全員が無言で座っている。誰かが話しの口火でも切らないかなと、塔矢は思っていた。 「なぁ進藤、永夏は藤原さんと何を揉めたんや? お前聞いてへんのか?」 「うん聞いてない。永夏の勘違いだから何も心配することないって言ってた」 これはあれやな、進藤に話しの内容を知られたくないんやなきっと。ちゅーことはあっちの話か…… 「お前、藤原さんの事どう思ってんのや」 オイ社よせよ。と和谷の声がする。 「どう思ってって、どういう意味だよ」 「お前にとって、藤原さんはどういう立ち位置にいる人なんや」 「……大事な大切な人、ずっと一緒に居たい。絶対失いたく無い存在」 お互いが一度すべてを失くしてしまった。だから二度と失いたくない佐為を。絶対に失いたくない。 あんな身を引き裂かれるような想いは、二度としたくない。そう考えて、自分の心の奥底に潜んでいる、何かが動き出したような感覚を味わう。これはなんだ? 「それは藤原さんの事を、愛してるちゅーことと同じやないんか?」 「ハッ?! 愛してるってそんな、そんなこと……。そりゃ好きだけど、スキだけど、そんな……」 「お前あかりちゃん時は、即座にキッパリ否定しよったぞ。でも今、お前は否定出来んへんのやろ」 「社、もう止めろ! これは進藤の問題だ。進藤自身が考えて結論を出すことだ。僕達がとやかく言うことじゃ無い」 「解った。もう言わん。そやけど一つだけ言うとくわ。藤原さんはお前ん事を心から愛しとると思うぞ。誰よりもお前が一番大事で大切な存在なんや。棋院のスポンサーになったのかて、お前の為なんやろ?」 進藤は口を真一文字に結び、拳を握りしめている。 「おやつ貰ってくるよ。進藤一緒に行こ」 秀英がヒカルの腕を取り立たせると、そのまま階下に降りて行った。進藤が出て行ってから、塔矢も和谷も溜め息を吐いた。今まで息をするのを忘れていたかの様だ。 「社~、何であんなこと言ったんだ」 もう参るぜと和谷が肩を落とす。 「俺にもわからへんわ。でもいつかぶつかる問題やろ?」 「それはそうかも知れないけど……ハア、難しい問題だよ。囲碁打ってる方が楽だ」 「全くその通りやな。塔矢エエこと言うやんけ」 「……バカ」 「馬鹿! 馬鹿言うたな塔矢。バカは許さんでぇ、アホに直せや」 「バカでもアホでもどっちでも一緒だろうが」 「ちゃうわい! 天と地~程の差があるわい!」 「そんな差がある訳ないだろ! 精々畳一枚分ぐらいだ!」 「一枚や無いわい。十枚ぐらいの差ぁがあるわ! なぁそう思うやろ和谷」 「違うよな和谷」 同時にそれまでお馬鹿な言い合いを眺めていた和谷に、矛先が向けられる。 「ハァ~~、……五十歩百歩、目くそ鼻くそ」 呆れた風情で嘆息する和谷を見て急に恥ずかしくなったのか、アラぬ方向を見て座り直す。 ○● 其処に大量のおやつを抱えた進藤と、飲み物を持った秀英が帰ってきた。 「お菓子美味しそうだな」 「ホントだな。これみんな韓国のお菓子か秀英」 「そうだよ。さぁ食べよう。飲み物は勝手に注げよ」 「オイ秀英。トランプ無いんか。みんなでトランプして遊ぼうや」 「あるよ。ちょっと待って。ハイこれ。何して遊ぶ」 「そうだなぁ。ババ抜きや七並べじゃ詰まらんし、ページワンにするか?」 「いいよ。普通のページワンにする。それともアメリカンページワンにする?」 秀英が何やら解らんことを言った。 「普通とアメリカンってなんだ?」 「あれ、進藤知らない?」 「って言うか、俺も知らん」「俺も知らんでぇ」 「あの、僕ページワンが分からないんだけど」 「エッ! 塔矢ページワンしたこと無いのか?」 「うん、さっき言ってたババ抜きと七並べしかやったことが無い」 全員がマジマジと塔矢の顔を眺めていた。こんな所に原始時代の人間がおったぞ。 「う、五月蝿いな。さっさと教えろよ」 「日本でやってるのはどっちか判らないけど、場に出た札と同じ数字を出す奴が普通。ホントは正式な名前があると思うけど。アメリカンはUnoと一緒だよ。場札と同じ数字か同じスートを出して行って、早くなくなったら勝ち。塔矢やりながら教えていくよ。そのほうが覚えやすい」 じゃ、アメリカンで始めるぞ。手札七枚で行こう。それからはワイワイガヤガヤと喧しいこと、単純ゲーム程燃えるものだ。 塔矢はひと通り回った頃には、すっかり覚えていた。 囲碁を打ってる時とは違う面白さがあり、みんな夢中でやっていた。普段囲碁漬けの若者ばかりなので、単純に遊ぶことは楽しいのだ。それが只のトランプ遊びでも。 その間に交代でお風呂に入った。二時間などアッという間に過ぎ去り夜も更けてきた。昨夜も遅かったので今夜は割に早めの就寝となった。 明くる朝といってもまだ太陽も顔を出していない時間に、誰かが起きてゴソゴソと何かやっている。一番始めに音に気がついた塔矢が、薄目を開けて確認してみると、進藤が上着を羽織っている。何処かに行くつもりなのか? そのまま様子を見守っているとドアを開け出て行った。塔矢も素早く起き上がり上着を羽織る。 ドアにへばりついて聞き耳をたてるが、玄関のドアが開いた様子は無い。そっとドアを開け薄暗い廊下を見回す。廊下からベランダに出られるガラス戸がある。そちらに視線を向けると、ベランダの柵に寄り掛かっている進藤がいた。 只じーっと立っていた。ほんの少し空が白んで来ても、只立ち続けていた。 其処に、社と和谷、秀英もやって来た。 「進藤は、なにしてるんだ?」 「考えてるんじゃないか。多分昨夜の事。彼も戸惑ってるんだと思う」 「戸惑ってる? 自分の気持ちにか?」 「そうじゃないかなと思っただけさ。自分の心が揺れ惑い、彷徨ってるんじゃないか。まだ恋とは認識出来てないんだろうな」 「塔矢、お前……詩人だな」 「えっ! いやそんな事は無いって」 そんな話しをしていたら、徐々にお日様が顔を出し朝焼けが始まった。こんな風に朝焼け見るなんて初めてかもしれない。 「僕達もベランダに行こう」 突然開いたガラス戸にビックリして振り返るヒカル「お前ら……」 「綺麗な朝焼けだな」 進藤と同じようにベランダに寄り掛かり、太陽が昇る様を観賞する。 「ああ、綺麗だな」 穏やかに笑んだ進藤がいる。満足そうに微笑んでいる若者達がいる。お互いが戦いに凌ぎを削るライバルなれど、今この瞬間は、同じ時間を同じ暖かさを共有出来る仲間達だ。 何時迄もこんな時間を分かち合えたら、いいだろうな。朝焼けの美しさに魅せられ、満ち足りた幸せが心に広がっていく様だ。 「グウゥゥゥゥ~~」 静寂を打ち破る音。壮麗たる雰囲気が、ガラガラと崩れ落ちる。 「…………」 塔矢のコメカミにピキピキッ! と青筋が浮いた。 「進藤ォ~!!」 「あっ、いや、だって、アッ待て! ワッ、バカ! 痛い痛いってば! ヤメロってば! 塔矢ヤメロォ!」 「これだもんな」 和谷達は笑いながら、じゃれあう二人を置き去りにして部屋に戻って行った。 ○● 奮然としながら塔矢が戻ってきた。進藤の切なく揺れ惑う心情に、激しく共感していた自分の時間と気持ちを返せ! 「しょうがねぇだろが。腹が鳴るのなんかコントロール出来る訳ねぇやい。全くバンバン叩きやがって、バカになったらどうするんだ」 「気合で止めろよ! 大体君は、それ以上バカになりようがないだろ」 「ヒッデェー!!」 当たっていなくもないので、それ以上言い返せないヒカル。 「フン、もういい。秀英ご飯まだ?」 「早く食べたかったら手伝いに行ってこいよ」 「ほしたら俺も手伝いに行くで。進藤はよせぇや」 「ハイヨー」 ――オッ進藤、昔”ハイヨーシルバー” って、アメリカドラマあったん知っとるか? ―― ――何ソレ? そんなの知らん。ハイヨー銀って何だ? ―― ――アホォ、訳すな。シルバーっちゅー名前の馬や―― ――フーン―― そんな話しをしながら階下に降りていく。 ――2013年にアメリカ映画《ローン・レンジャー》 が公開された。映画が公開された後、社があの時言ってたハイヨーシルバーって、この映画の事だったのだなと、塔矢に叩 かれた事なども合わせて、ベッドの中で佐為に面白可笑しく話して聞かせた。佐為はヒカルの髪を梳きながら、楽しそうに耳を傾けていた。―― ヒカルと社が朝食作りを手伝ったので、早めに食べることが出来た。一人暮らしにも慣れ料理を作ることも増えたので、ヒカルも社も手際の良さを褒められた。手伝いを申し出てから言葉が通じないのに気がついた二人は、塔矢も手伝いに駆り出した。「最初から気がつけよ」と嫌味を言われたが。 部屋の掃除をし荷物を纏めて、すぐ帰れる準備をしておく。それから、一局打つぞという段になって下から秀英のお母さんの声が聞こえた。 「お母さんが永夏が来たって言ってる」 「永夏! 来てくれたんだ」 顔を見せた永夏に「おはようッス」 和谷が挨拶すると、みんながおはようと挨拶する。 「おはよう。ヒカル一局打たないか?」 「ああ! いいぜ!」 永夏との対局も久し振りだ。ヒカルは全力を出し打ちきった。 ヒカルの棋力がかなり上がっているのを感じる。というより、底辺の底上げがされている。ヒカルの打ち筋は、奇襲を掛けるような搦手の戦法は得意なタイプだが、力碁という点では永夏や塔矢に一歩遅れをとっていた。 その部分の補強がかなりされている。これが藤原佐為の指導か……。 結果はヒカルの半目勝ちだった。 「ヒカル天元戦しっかりな。お前ならやれると思う。ついでに塔矢、名人戦気を抜くなよ」 ついでのエールに苦笑しつつ応える。「ありがとう。全力を尽くす」 お昼ご飯を空港で取ることにして、秀英の両親に滞在のお礼と帰途の挨拶をする。一人一人ハグしてくれ、また遊びにおいでと優しく声を掛けてくれた。名残りおしみつつ秀英邸に別れを告げ、全日空午後16時10分発に搭乗。成田に向け飛び立った。