想恋歌
第三章 揺蕩う想いに 第二十一話 2014.4.19
夕食に向かうメンバー達は急遽和谷を慰める会に変更して、市ヶ谷から程近い紀尾井町に出てきた。 和谷自身は別に慰めてくれなくていいよと思っていたが、皆の気持はありがたいので素直に受けることにした。 メンバーの内訳は、塔矢・和谷・伊角・門脇・芦原・冴木の野郎オンリー。 進藤が居なかった事が、良かったのか悪かったのか、かなり・かな~り悩まされる現場を目撃することになる。 紀尾井町には安くて美味いダイニンクバーがある。すぐ近くの麹町にもダイニンクバーがあるのだが、そこの店には個室が無かったので、紀尾井町にした。そして近くには、〈ホテルニューオータニ〉と〈吉祥・紀尾井町〉がある。共通点はどちらも高級。 検討は5時過ぎに終わったので、それから店を探すやら予約を入れるやらで、紀尾井町についた時には6時頃になっていた。市ヶ谷方面から歩いて来て新宿通りを横切り一本中の道に入ると、吉祥は右手に見える。 塔矢達は道を一本間違えた為に、吉祥に近いところに出た。と言っても100メートルほどは離れていたが、でもよく見えた。藤原さんが吉祥の店の外に出て来る所だった。 其処に車が一台スルスルと来て止まると、佐為さんが後部座席のドアを開け、手を差し伸べていた。 車中からは、若い女性と母親らしき女性、前のドアからは父親らしき男性が降り立ち、佐為さんと挨拶を交わしていた。そして連れ立って店の中に消えた。 塔矢達はその光景をずっと見ていた。 「あれ、あの人藤原さんじゃないか?」 芦原さんの発言に、門脇さん冴木さん伊角さんが反応する。 「エッ!? 何処?」 「ほら、あそこ吉祥の店の前」 「あーほんとだ」 彼らは無言で見ていたが、和谷がハッと気が付き促す。「俺らも早く行こうぜ。腹減ったよ」 そうだな、行こうぜと歩き出す。店に着き6人用の個室に案内され、注文を入れる。この中で未成年なのは塔矢だけになった。法的にアルコールは飲めないが、仕事柄アルコールを飲まされるのはしょっちゅうある。その結果自分はアルコールにかなり強いのは分かった。 「今日は僕も何か飲もうっと」 それに異を唱えるものは誰も居なかった。 「和谷、お疲れ~。負けちゃったけどいい対局だったぞ」 「みんな、ありがとうです。まだまだ甘いけど次は頑張りまっす!」 「よーし、カンパ~イ!」「カンパ~イ!」 「さーて、食べるぞー」 ガヤガヤ・ワイワイとくだらない話をしながら、大いに飲んで食べていた。それも一段落した時、例によって好奇心の強い芦原さんが口火を切る。 「さっきの藤原さんの相手って、仕事関係だったのかなぁ?」 「ん? 違うんじゃないか。どう見ても家族のようだったぞ。見合いかもしれんな」 「見合い!」 和谷が素っ頓狂な声を上げる。 「何でそんなに驚くんだよ。藤原さんだって健康な成人男性なんだから、見合いしたっておかしくないだろ。それにあの器量に財力だ。女の方がほっておかないだろ。彼女の一人や二人ぐらい居てもおかしくないし」 門脇さんが羨ましいよな、なんて言いながら、ビールを呷っている。塔矢と和谷が顔を見合わせた。 それを見ていた伊角が訊いた。「お前達、何か隠してるだろ」 「いや、別に何も隠してなんて居ないって。なぁ塔矢」 「はい、別に何も」 「いいや、絶対何か隠してる。和谷が嘘つくとき解るんだよ俺。門脇さんそう思いません?」 「ああ、お前ら前から変だとは思ってたんだ。洗いざらい喋って貰おうじゃないか」 「何々、一体何の話? 冴木君何か知ってる?」 「ううん、俺も何のことだかさっぱり~。和谷と塔矢は何かを知っていて、其のことで門脇さんと伊角さんは何かを疑っている。芦原さんと俺は話の取っ掛かりも解らない、って感じですか」 「うん、そうそう。名前が冴木なだけに冴えてるね、なんちゃってぇ」 芦原以外が、ガクッとコケた。 「ですから、本当に何も隠してる訳じゃありませんて」 そんな事言える訳無いでしょ。藤原さんと進藤がチョメチョメな仲かもなんて。いや違う、チョメチョメかどうかは解って無いんだ。全部僕達の憶測だ。だったら、やっぱり言えないな。 「そうですって、塔矢の言うとおりですってばぁ。何も隠してなんていません」 「ほんとかぁ? どうも怪しさ満載だけどなぁ。まぁしょーがない、今日の所は諦めるか。今日は、だからな!」 もう8時半を過ぎた。こういう個室は、一応2時間が限度になっているのでお開きとした。 「僕と和谷は進藤の家に顔出してみますので、此処で失礼します」 「分かった。じゃ、またな」 「アキラ、和谷君気をつけて帰れよ。じゃ、おやすみ」 「はい、おやすみなさーい」 ふたりでにこやかに手を振り続け、姿が見えなくなってからハァーと盛大に溜息を吐いた。 「塔矢、進藤の家に寄るってどういう事だ?」 「和谷、多分藤原さんもそろそろ出てくると思うから見張るんだよ」 「ハッ! 見張る? 何でだよ?」 「いや、僕も何でそうしなきやいけないのか解らないのだけど、そうしろと心の声が言うんだ」 「はぁあ~??」 塔矢って現実的な奴だと思ってたけど、こういう所もあったんだ。およそ似つかわしく無いけどな……。 塔矢の言うとおり、程なく一行がお店から出てきた。最初に見た三人の人たちの他に、佐為さんを除いて後三名居た。 最初に見た女性の両親が車で先に出て、佐為さんと若い女性以外の三名も車で立ち去った。残ったのは佐為さんと若い女性だけ。 「僕、後から車に乗って行った若い方の女性知ってる。佐為さんのお姉さんだ。確か橘奈津美さんって言った」 「ふーん、おい、あのふたりが残ったぞ。やっぱり見合いだったのかな?」 「どうもその可能性が高いみたいだね」 その二人が歩き出した。佐為さんがエスコートするように歩いている。 「多分ホテルニューオータニへ行くね。ほら、和谷僕達も行くよ」 何時に無く積極的な塔矢に、和谷は振り回されっぱなしだ。和谷はまだ付き合いが短いので塔矢の性格を良く把握していなかったが、ヒカルにしてみれば、これが塔矢だと充分納得出来た。何しろ思い込んだら一直線の猪突猛進。他の事なんて眼に入らない。 「ホ・ホテルに泊まるんかな?」 「まさかぁ? 見合いしてすぐホテルに泊まる訳無いよ」 「それもそっか。ああ焦った。じゃ食事は済んでるんだからお茶か」 「多分そうだろうね。何処に行ったかな? 女性連れて行くとなるとバーラウンジかな? 一階のロビーにカフェがあったから、僕達は其処に行こう。其処で張ってれば何処から降りてきてもわかる」 もう和谷は何が何だか……。もうどうにでもなれ~。 佐為はすこぶる機嫌が悪かった。勿論人前でそんな態度は表さない。特に女性の前では。 原因は、長兄にいいように騙されたことだ。たまには食事でも行かないかとお誘いが掛かった。奈津も行くからお前も来いと、突然呼び出されて行ってみれば、体 の良い見合いだったのである。 最初から見合いだと言うと、佐為が逃げるのが解っていた兄は、一計を案じたのだ。 お相手は与党の大物政治家のご令嬢。一応元から面識はある女性だ。かなり美しい女性ではあったし、父親に似ず素直な性格のようでもある。外見からはそう見えた。実際の中身は解らない。というのが佐為の持論だ。そういう女性には一杯お目に掛かってるので、外見だけで判断はしない。 佐為と相手の女性は、一番上の階のバーラウンジに居た。 「ここからの夜景は美しいですね」 「ええ、そうですね」 クスクスっと笑う声に 「どうしました?」 「佐為様、怒ってらっしゃるでしょ? 今日お見合いだと知らされて無かったのじゃございません?」 「……まあ、そうですね。兄にしてやられたってところです。でも、詩織さんに罪はございませんよ。気になさいませんように」 「まだ、ご結婚を考えてはいらっしゃらないのですか?」 「そうですねぇ。余り気持は動きませんね」 「何方かお好きな方でもいらっしゃいますの? あっ、ごめんなさい。私ったら不躾な質問して」 「いえ、構いませんよ。好きな人はおりますが、多分実らない恋かもしれません」 「あら、それは心無い事をお聞きして、ごめんなさい」 「いいえ。それより詩織さんはどうなのですか? 今大学生でしょ?」 「ええ、私もまだ結婚する気などありません。だってまだ20歳なんですよ。もうちょっと青春を謳歌したいです。お父様ったら、何度言っても解ってくださらなくて。溜め息がでます」 「それだけ詩織さんの事が可愛くて心配なんでしょう」 「親バカですわ」 思わずククッと笑ってしまった。結構面白いお嬢さんですね。 「佐為様は、ご自分の生まれた環境に満足してらっしゃいます?」 「藤原の家に生まれた事をですか? そうですねぇ、今は満足しておりますよ。若い頃は反発したこともありましたけど。そう仰るのは、詩織さんには何か思うことがおありなのですね」 「ええ、時々思います。もしこの家に生まれてなかったら、父が今の仕事でなければ、もっと別の人生があったのだろうかと。今の生活がイヤと言うことは無いのですけど……」 「そう思うのも悪く無いと思いますよ。色々な事を思い考えて、自分の道を見つけていくものです。まだお若いのですから、可能性は無限大ですよ。そうでしょ?」 詩織はニコッと笑い頷いた。 「詩織さん、そろそろ帰りましょうか。余り遅くなるとお家の方がご心配されます」 「あら、私泊まっていっても構いませんよ」 佐為は苦笑いして、詩織の顔を正面から見詰め「そういうことを言うのは似合いませんよ」そう言われた詩織は、ペロッと舌を出し肩をすくめた。 「はい、ごめんなさい」 「では、行きましょう」 エントランスに出ると、佐為の車が待っていた。運転手の仁科さんがドアを開けて待っている。 「ありがとう」 詩織は会釈して乗る。佐為も乗ろうとしたら 「佐為様、私だけで大丈夫です。此処で失礼致します」 「でも、詩織さん、お一人で帰すなんて……」 「あら、一人じゃありません。信頼出来る運転手さんが居ますもの。どうか此処で」 「解りました。仁科さんお嬢様を宜しくお願いします。今夜はそのまま上がってください。では詩織さんおやすみなさい」 「おやすみなさい」 塔矢と和谷は降りてきた二人を目ざとく見つけ、支払いを済ませロビーの中から外を伺う。まるっきり怪しさオーラをそこらじゅうに振り撒いてる不審人物だ。車を見送った藤原さんは、そのまま新宿通りに向けて歩き出した。 「タクシーで帰らないのかな」 そのまま吉祥の店の前を通り過ぎ道路を渡った。この方面は市ヶ谷の方だ。 「進藤のアパートに行くんじゃないか」 「うん、そうかも」 見つからないように細心の注意を払い後を付いて行く。人の後を付けるって、ものスゲェードキドキする。自分の心臓の音が聞こえて来そうだ。 「おい、塔矢。ドキドキしないか?」 「してるよ」 涼しい顔で応える。ホントかよこいつ。 暫く歩いていると、やっぱり進藤のアパートの前に来た。佐為さんはそのまま進藤の部屋を見上げていた。部屋の灯りが点いているから、進藤はまだ起きてる様だ。 「どうするんだろう。部屋には行かないのかな」 「うん、そうみたいだね。行くならこんな所でじっと見てたりしないだろ」 「やっぱなんかさ、愛する人の事を想って見てるって感じするよな?」 「うん、するね」 どうするのだろう。このまま見上げてるだけなのだろうか? 「和谷、進藤に電話した方がいいと思わないか」 「へっ! 電話って何て?」 「ベランダに出て、すぐ下を見ろ。とかなんとか」 「……あのよぉ、そんな事言って、後で進藤に問い詰められたら何て答えるんだよ」 「だから、和谷が電話して」 「!! 何で俺なんだよ!」 「だって僕、明後日から進藤と囲碁祭り一緒なんだよ。拙いじゃないか。和谷暫く会わないようにすればいいだろ?」 「お前って奴は……」 もうどうなっても知らないからなと言いつつ、携帯を取り出す。 響いた着信音にビックリしたヒカル。今頃誰だろうと携帯を覗けば、今日の対戦相手の名前。携帯に出るといきなり 「今すぐベランダに出て下を見ろ!」 和谷の声が聞こえすぐ電話が切れた。ヒカルは唖然として、「何なんだ一体。ベランダ?」 窓を開けてベランダに出て下を覗く。 「下って何が……」 視線をぐるりと巡らせて、エッ! あの歩いて行く後ろ姿は、佐為…… 「佐為!」 思わず大声で呼び止める。 突然聞こえてきたヒカルの呼び声に、ハッとして振り向く佐為。ベランダでヒカルが手を振っている。 「其処で待ってて!」 携帯と鍵を掴んで家を飛び出す。ヒカルは佐為の許まで走った。 「佐為、どうしたのこんな時間に。仕事終わったの? 上がってくればいいのに」 佐為は何処か寂しいような悲しいような、そんな表情を浮かべていた。 「どうしたんだ。何かあった?」 佐為は首をフルフルと横に振ると、ヒカルの側まで来てヒカルを抱きすくめた。 「……佐為」 体が震えている。どうしたんだろう、いつもの佐為らしくない。いつも冷静で感情を露わにすることなんか無いのに。 ヒカルは佐為の背中を撫でながら「佐為、俺ここに居るよ。ずっと側にいるから」 「ヒカル……」 固く目を瞑り、右手でヒカルの頭を抱える。暫くそうしていたがやがてヒカルを離す。 「ごめんなさいヒカル。もう大丈夫です。部屋に戻ってください」 「でも……」 「今日はヒカルも疲れたでしょ。いい対局でした。今度検討しましょうね」 「うん。俺、明後日から囲碁祭りで箱根に行く。二泊三日だから、27日に帰る」 「解りました。また連絡入れて下さい。私も電話しますからね。さっ、もう部屋に帰って」 「佐為が此処にいたら帰れない」 「じゃ、私も行きますから」 そう言うと一歩二歩と後ずさり、向きを変えて歩き出す。それを見てヒカルも部屋に向かい歩き出す。アパートの下まで来た時に振り向いたら、佐為も角を曲がる所で振り向き、ヒカルに頷いて視界から消えていった。 それをしっかり見届けたっぷり1分経った瞬間、ヒカルは脱兎の如く反対方向に駆け出した。 「塔矢、和谷ぁ~、其処を動くなぁ~!」 進藤の叫びが聞こえる。 「ヤバッ、逃げるぞ塔矢!」 こちらも脱兎の如く逃げ出す。 昨年始まった”逃走中”のようだ。違う所は本家のハンターは獲物を追う時だけ走るが、こちらのハンターは常に全力疾走だ。塔矢が路地、路地~! と叫んでいる。細かい路地を使いながら上手く逃げきって、四ッ谷まで来てしまった。ゼエゼエ・ハアハアしながら「10年分ぐらい走った気分だぜ」ふたりで暫くベンチに座り込んでしまう。 息が整ってから和谷がふと思いついた様に言う。「なあ、そもそも俺ら逃げる必要があったのか?」 「和谷が逃げるぞって言ったんじゃないか」 「アハハいやぁ~なんちゅーの、追い駆けられると逃げたくなる心理って言うの? ハァ~、そういやお前の事もバレてたじゃないか。明後日から頑張れよぉ」 「最悪……」 項垂れる塔矢。そうなのだ、良く考えれば逃げる必要は無いのだ。みんなで飲み会した後に、進藤の家に寄ろうと来たら藤原さんが居た。って事にすればいいんだから。やっぱ後付けまくったという負い目があったから、体が勝手に反応しちゃったんだな。 「おい、藤原さんてやっぱ進藤のこと好きなんだな」 「そのようだねぇ。進藤も永夏の時とは対応が違うもんな」 「なんだよ永夏の時って?」 「あれ、知らなかった? 僕話してなかったっけ?」 「聞いてねぇと思うぞ」 視線を空に向け、考えている塔矢。 「あっ、そうか。あれ北斗杯の時だった。和谷居なかったんだ」 「だから、どうしたんだよ」 「永夏が今の佐為さんみたいに、突然進藤を抱きしめたんだよ。進藤はその時に、(永夏の気持は嬉しいけど、俺心に想う人が居るんだ) みたいな事言ってた」 「ほんとかよ。じゃ、永夏本気だったって事か。驚いたな」 「うん、僕達も驚いたんだその時」 「ふーんそうか。何か今夜は考えるのも疲れた。帰るか塔矢」 「そうだね」 塔矢と和谷に逃げられたヒカルは、「あ~あ、つっかれたぁ~」 ブチブチ言いながら帰ってきた。 「あいつら、なんだって逃げなきゃなんねぇんだ」 一部始終、全部見てたんだろうな。まあいいけどさぁ。 それよか佐為の事が心配だよ。とりあえず今夜は寝て、明日電話してみようと思うヒカルだった。