想恋歌
第一章 ふたたびを貴方と 第八話 2013.12.3
「それより、そろそろ夕食にしませんか? ここに運んで貰いますから」 そういうとフロントに電話をかけ、イタリア料理を頼んだ。程なくして、料理・ワインが運び込まれた。 「僕達は、どうやって力になればいいのです?」 「仕事の方は何とか出来ると思います。私個人より、ヒカルの力になってやって欲しいのです。私は自分が望んだ事ですから、何かあっても大丈夫です。それ程柔ではありませんしね」 「ああ~成る程ね。だけど、今はまだ具体的に何か出来る訳じゃ無いですから、それは様子見しながら追々とですね」 「俺もそう思う。だけど、囲碁の仕事まで増やしたらきつくないか?」 「そうですね。今の仕事を減らして貰わないと、多少きついですね。でも、ヒカルの為には藤原の名前が必要なんです」 「その進藤君は、佐為の前に誰かに碁を教えて貰っていたのか?」 「いえ、私が初めてですよ。石の持ち方も知りませんでした」 「じゃ、たった2年でプロになったのか?」 「ええ、そうです。ヒカルはまさに天才です。囲碁を始めて1ヶ月程で、打った棋譜を全部覚えられましたからね」 「凄いなそれは。普通有り得ないよな」 「そうなんですよね。でも本人はそれが普通だと思ってるみたいですからね。自分の才能に気がついてないのです」 「へぇ、それは末恐ろしい存在になりますね」 「もうなりつつあるよ。塔矢アキラ共々、今年か来年にはタイトルに手が届くんじゃないか」 「ところで、小学生だった進藤君と、何時何処でどういうきっかけで知り合ったんです。仕事として碁を教えていた訳じゃないんでしょう?」 「もちろん、仕事としてではありませんよ。 知り合ったきっかけはですね、申し訳ないのですが、こればかりはお話出来ません。 たとえ誰でも教えられないのです」 「まさか、佐為。 やましい事でもあるんじゃないでしょうね」 「失礼ですねぇ黄 。 当時のヒカルはまだ子供なんですよ、やましい事なんてある訳無いでしょ。健全な関係ですよ」 『子供だから危ないんじゃないか……まったく』 「佐為、何故進藤君のことを私達に話して聞かせたのです? 黙っていることも出来ましたよ」 「私も色々考えました。でも、いずれは明るみに出ることだと思います。楊と黄に、隠し事をしたくなかったと言うのもあります」 「そう……ですか」 「最近の進藤君は、精悍さが増していい男になってきましたよね。そういえば、この間交換留学生で来てた和谷君もいい男だったな。このあたりの年代に、整った容貌の棋士が結構いますね、日本は」 「ああ~そういえばそうだな。塔矢アキラもいるしな。前に中国に来てた伊角君もいい男だったぞ。楊海が面倒見てたっけ」 「黄も楊もいい男ですよ」 「……佐為みたいな、べらぼうな容姿の人に言われると妙な気分ですよ」 「ハハハッ、全くだ」 「今夜はここに部屋取ってありますから、泊まっていって下さい」 「ああ、ありがとう。助かるよ」 黄と楊 がそれぞれの部屋に引き上げて、佐為はかなり疲れを感じていた。自分が思うよりも神経を使っていたみたいだ。 「何処まで誤魔化せたでしょうかねぇ。かなり疑ってはいると思いますが、まさか本当の事など言えませんしね。ハァ、作り話を混ぜながら話するのも疲れます。幽霊になってとり憑いてましたなんて言ったら、それこそ気ちがい扱いされますからね。楊に黄、許してくださいね。これが精一杯なんです」 自分が話した事で、何処かおかしい所は無かっただろうか? 一方、黄と楊は、二人で黄の部屋で密談していた。 「楊、どう思います? 佐為の棋力。 昏睡から目覚めたらって言ってましたが、事故の影響でしょうか?」 「事故の影響って、一体どんな影響があったら、とたんに強くなるんだ?」 「そんなの解りませんよ、私だって。 何かの霊がとり憑いたとか?」 「バカバカしい! だったら、俺にとり憑いて欲しいぞ。しかし、あの棋力は本物だぞ」 「そうですよねぇ。まぐれで勝てるほど、囲碁は簡単じゃありませんしね。今の日本で、あの棋力に太刀打ち出来る棋士は、殆どいませんよ。 これからの若手が何処まで伸びるか、ですが」 「でも、あのうち筋・棋風はどう見てもネットの 【sai】 だぞ。一体どういう事なんだ、さっぱり訳が解らんな」 「ほんとに。 わざとヘタに見せて打つ……意味が無いですよ。佐為がプロになったら、とんでもない事になるところでしたよ」 「佐為はプロになることも視野に入れてたんだよな。プロにならなくてもいいのかな?」 「だって、プロになったら進藤君と戦うことになりますよ。それはイヤなのじゃないですか」 「黄、進藤ヒカルと打ったことあるか?」 「いえ、無いです、棋譜は見たことありますけど。非凡な才能と読みの深さもあります。高永夏 とか洪秀英 が仲がいいです。永夏は、同等の才能持ってる者にしか、興味示しませんからね。その永夏が気にいるぐらいですから、相当じゃないですか?」 「おい、今度の北斗杯日本に行かないか? そこなら、堂々と対局見られるぞ」 「ああ、いいですね、それ。今度も安太善 が団長かな? いっそ、私が団長しましょうか」 「しかし、佐為は本気かな、進藤ヒカルの事」 「あそこまで言うんですから、本気でしょうね。 藤原の名前と権力を手放さないのは、進藤君が自分とそういう関係になった時に、彼に降りかかる火の粉を排除する為でしょ? 徹底的にするなら、藤原の名前と権力は絶対ですからね。そこまでしても、守りたい存在なんですね、佐為にとって。佐為もきっと苦しんで葛藤したはずです。彼は外見からは想像出来ぬほどの、強靭な意志と精神力を持ってます。それでも、諦めきれないものなんですねぇ」 「15歳になれば、少年から青年に至る段階だよな。その頃から気持ちに変化が出て来たのかな?」 「恐らくそうでしょうね。最初は子供なんですから、その頃にそんな気持ちは無いでしょ普通。ロリコンならいざ知らず。 あっ、この場合はショタコンですか。でも佐為は、ロリコンでもショタコンでもありませんよ」 「知ってる。あの器量だし超金持ちなんだから、女なんて選り取り見取なのに。 世の中ままならないもんだな」 「楊、そういう言い方は女性に対して失礼ですよ」 「はいはい、解ってるよ」 「楊、私が不思議に思うのは、どうしてプロでもない佐為が、進藤君に碁を教えようと思ったかって事なんです。自分が碁打ちになろうなんて、その頃の佐為が考えてたとは思えないのです。プロでもない、碁打ちを目指してもいない。そんな人間が小学生の子供に突然囲碁を教えるって、どう考えても奇妙なことだと思うんです。それが、佐為がどうしても話せないと言った、出会いに関係してるとは思いませんか?」 佐為が聞いていたら、さすがに黄は核心を突いてくると、思うことだろう。 「そう言われれば、確かに変だよな」 「佐為は、まだ隠してる事がありますね。言えない事があるんでしょうね、きっと」 「そうだとしても、佐為は絶対言わないだろうよ」 「そうですね……」 明くる朝、三人でレストランでの朝食をとっていた。何しろ長身で容姿端麗な男性達なので、注目の的だった。 しかし、三人は慣れっこなので、どうという事はない。 「今度の北斗杯の時、俺と黄は日本に行くぞ」 「はあ? なんでまた?」 「勿論、北斗杯を見る為だ」 「違うでしょ楊。 ヒカルを見に来るんでしょ? まあ、いいですけどね。でも、ヒカルには余計な事言わないでくださいよ」 二人の顔を交互に見ながら佐為が念を押す。 「わかってるって、まかせとけ」 「楊の"まかせとけ" は、不安なんですけどね」 佐為がため息をつく。 「佐為、貴方が入院してる時に、進藤君は病院には来なかったのですか?」 「さぁ、私には解りません。お見舞いに来てくださった方は、目覚めてから奈津姉さんに聞きましたが、何も言ってませんでしたよ」 「そうですか」 「黄、何かあるんですか?」 「いえ特に何かある訳じゃないですよ。漠然と思っただけです」 黄はそう言ったが、これは奈津美さんに確かめてみる必要があると思っていた。 そうすれば進藤君が佐為に対して、今どういう風に見ているのか、判るかもしれないと。 そこに、ウエイターが佐為の所にやって来た。 「オーナー、入り口にいらっしゃるお客様が、こちらのテーブルにご挨拶されたいと仰っております」 視線を向けると、高永夏と洪秀英が立っていた。 「黄、高永夏と洪秀英ですよ」 「あれ、ほんとだ」 黄も振り向き手招きして二人を呼び寄せた。 永夏と秀英は、前日に囲碁セミナーがあり、宿泊していた。朝食をとるために、レストランの入り口まで来たところ、永夏が黄九段が居るのに気づいた。 「秀英、あそこのテーブルに黄先生がいる。 一緒に居るのは中国の楊九段じゃないか」 「あー、ほんとだね。 もう一人居る髪の長い人は誰? 凄く綺麗な人だな。男の人だよね?」 「ああ。体格が男だな」 永夏は近くに居たウエイターに、あそこのテーブルの人達にご挨拶したい旨、伝言を頼む。 黄九段に手招きされ、テーブルに向かう。 「おはようございます。お食事中お邪魔をして、申し訳ございません」 秀英共々、丁寧に頭を下げる。 「いいえ、大丈夫です、こちらに座りなさい。 二人とも日本語出来ましたね。彼は知っていますね、中国のプロ棋士楊浩宇です。で、こちらはホテルのオーナー藤原佐為です」 ホテルのオーナーと聞いてビックリだった。 「では、藤原コンツェルンの。“さい” さんと、仰るのですか?」 永夏は"さい" と言う名前に引っ掛かっていた。 「ええ、初めまして藤原佐為です。どうぞ宜しく」 「こちらこそ、宜しくお願いします。昨年の北斗杯の折に、お見かけしました」 「そうでしたか。 お二人ともお食事まだなのでしょう? 今、運ばせますからご一緒にどうぞ」 佐為が勧めるも、永夏は遠慮し「いいえ、私達は別のテーブルで頂きます。お話のお邪魔は出来ませんので」 「大丈夫ですから永夏、秀英。ここで頂きなさい」 黄九段にそう言われては従うしかない。 「あの、藤原さんの"さい" と言うお名前は、どのような字を書かれるのですか?」 永夏が失礼にならないように丁寧に尋ねる。 すると佐為は手帳とペン取り出し、自分の名前を書きつけ永夏に手渡す。其処にはとても流麗な文字が並んでいた。 永夏は「ありがとうございます」 と受け取り 「ああ、こういう字を書くのですね。日本語を話す事自体は、そんなに難しくは無かったのですが、漢字は色々な読み方をしますから、とても難しいです」 「そうですね、日本語はとても複雑ですが、でも美しい言語だと思っています。永夏君も秀英君も、とても綺麗な日本語を話しますね。どうして覚えようと思ったのですか?」 「進藤と話す為です。何しろ進藤は他の言語を覚えようとしないもので、それで仕方なく」 それを聞いた三人は笑いを噛み殺していた。 「進藤ヒカル七段のことですね」 「藤原さんは、進藤のことご存知なんですか?」 秀英が問い返す。 「ええ、存じておりますよ。昨年の北斗杯の時にお会いしましたから」 「そういえば今年の北斗杯、永夏は19歳になるから出られないのですね」 「そうなんです。残念ですけど仕方ありません。でも、北斗杯は見に行きます」 「そうなのか? ヤッパリ気になるのか北斗杯」 楊がテーブルに肘をついて、顎の下に当てながら永夏を見ている。 秀英がすかさず「永夏が気にしてるのは、進藤の事だけですよ」 「オイ、秀英!」 永夏の抗議が入ったが、秀英は無視する。 「和谷が来た時だって、最初面倒なんてみないって言ってたんですよ。 メンドクサイとか言って」 「おや、棋院じゃ永夏と秀英が一生懸命やってくれて助かったって言ってましたよ。(あの永夏がねとは、黄も黙っていた) 日本棋院からも、和谷君が非常に心強くて助かったて、感謝の言葉を貰っていたと聞いてます」 「黄国手、それはですね。和谷の面倒ちゃんと見なかったら、日本に来ても一生会わないって進藤に言われたから仕方なくですよ」 その瞬間、コーヒーを飲もうとしていた佐為の動きがピタッと止まり、永夏を伺いみた、それは鋭い視線で。 それもほんのひと刹那の瞬間だったので、目撃したのは黄と秀英だけだった。 佐為のその視線に、秀英はブルッと震え『僕、地雷踏んだ?』 血の気の引きそうな感覚を味わう。 「そうですか。とても仲がよろしいんですねぇ」 佐為が極上の微笑で返す。 『佐為ったら……』 黄は、タラ~っと冷汗が落ちそうであった。 「今年の北斗杯も、ウィステリアホテルになるのでしょうか?」 「さあ、どうでしょうか? それは棋院が決める事ですので、こちらでは何とも。打診はあったかもしれませんね」 「そうすると、今年のうち(韓国) の大将は、秀英になるのかな?」 「そうなれたら、嬉しいです」 秀英が遠慮しつつも、顔を綻ばせる。 「日本はどうなんだろう。 新しい台風の目はないのかな?」 「おそらく、今までのメンバーで決まりではないかと思います」 永夏が答える。 「そうか。うち(中国)はどうなるかなぁー。メンバーの入れ替え激しいからな」 「それだけ人材が豊富って事じゃないですか。日本にしてみれば羨ましいと思いますよ」 佐為がにこやかに応じる。 「さて、それでは私は仕事がありますので、ここで失礼させて頂きます。永夏君、秀英君、ごゆっくりなさってくださいね。楊、黄、また連絡致します」 「ああ、わかった。じゃーまたな佐為」 黄も手を上げて応じる。 永夏と秀英は席を立ち挨拶した。 「永夏と秀英は、今日も仕事の予定入ってるのですか?」 「はい、囲碁セミナーの2日目です。黄国手も楊名人も春蘭杯がありますね」 「ええそうです。永夏も春蘭杯出るんでしょ? 頑張ってくださいね。貴方も強敵ですからね、油断できません」 「ククッ……はい、ありがとうございます」 「楊、私達もそろそろ失礼しましょうか?」 「ああ、そうだな。永夏・秀英また会おう」 永夏・秀英、再度席を立ち「ありがとうございました」 と挨拶する。 楊は歩きながら、黄に「何か用事でもあるのか?」 と尋ねる。 「ええ、ちょっと。楊は北京直行するのですか?」 「いや、俺もちょっと寄るところがある」 「そうですか。私は北京に直行しますから、楊着いたら電話入れてください」 「ああ、わかった。じゃな」 そういい置いて楊と黄は別れる。 席に残った永夏と秀英は佐為の事を話していた。 「”sai” “佐為” か。なあ秀英どう思う。日本人でも佐為という名前は、そんなに多くはないと思うのだが、果たして偶然の一致か」 「うーん、どうなんだろう。僕には何とも。でもあの人碁が打てるよね。爪が擦り減ってた」 秀英はそう言いながら、さっきの事は、永夏には黙っていようと思っていた。 「それより、僕達もセミナーに行く支度、そろそろしようよ」 「ああ、そうだな」