二次創作,二次小説,ヒカルの碁,オリジナル小説

Home

想恋歌

第七話 arrow arrow 第五話

第一章 ふたたびを貴方と 第六話                             2013.11.22

 佐為は病院の中庭のベンチに座っていた。意識が回復してから10日程経つ。明らかに以前とは違う自分を感じている。やっと、自分が帰って来た、本当の自分に戻ったと。あの事故から2ヶ月半ほど過ぎ、12月の下旬になっていた。  今日は麗らかな日和の為、冬の最中であるのを忘れそうなぐらいの暖かさがある。もうすぐ退院して、温泉療養に行く事になっていた。  目覚めて暫くは記憶の混濁があったが、それも徐々に鮮明になり、すべてを思い出し認識できるようになった。  私は平安時代の碁打ち、囲碁指南役「藤原佐為(ふじわらのさい)」 「主上(おかみ)……」  今や帝も宮中の女房達、自邸の家令や女房も、すべてが遠い人達になってしまった。そして虎次郎も……「虎次郎、貴方の魂も何処かで目覚めているでしょうか?」 「ああヒカル……。貴方に逢いたい。一刻も早くヒカルに逢いたい」  そうは思ってもすぐに動く事は出来ない。まだ、体力が完全に回復したとは言い難いのだ。  目覚めてから、自力で立つ事も動く事も出来なかった。人間とは、寝たままでいるとこんなに衰えてしまうものかと、驚きもした。リハビリをし、食事を徐々に増やしていき、ようやく自力で動けるようになったが、第一、体が元のように回復したといっても、佐為にはするべき仕事が山のようにある。自分の希望どおりに好き勝手に動ける状態ではなかった。  ヒカルに逢いたくても、何と言って逢いに行けばいいのか? どうやって、自分がヒカルと過ごした佐為だと説明すれば、納得するのだろうか? 一度は知らないと言ってしまったのに……  ヒカル、貴方の前から消えてしまうと解って、私はどれ程悲しかったことか。どんなに貴方に触れたいと思ったか、共に未来を歩みたいと願ったことか、それが出来ぬもどかしさ、悔しさ。  でも今は、それが叶う。あの子は私が消えた時、泣いただろうか? きっと泣いただろう。ホテルの前で、必死になって私に呼びかけてきたあの子の顔を見れば、きっとそうであったと。  「あんなに大きくなって……ヒカル」 歳月とはかくも哀しく、何と輝かしいことであろうか。  佐為がヒカルと逢う事が出来たのは、これより9ヶ月後の事であった。  ヒカルは結局、52期王座戦のタイトル奪取はならなかった。だが、来年はシードされているので、トーナメントから出場出来る。負けた対局を何時までも悔やんでいる暇は無い。棋戦の手合いは次から次へとある。  塔矢は名人戦の最終予選を通り、リーグ戦に進んだ。本因坊戦は8名で対局する。12月までに3戦終了し、ヒカルは2勝1敗・塔矢は3勝0敗であった。  一方、韓国では和谷が孤軍奮闘!? していた。韓国のプロのレベルは、噂にたがわずレベルが高すぎて、和谷は当初負け続けだった。対局してもしても、只黒星が増え続けるだけで、「マジ落ち込むぜ……」 つい、愚痴もこぼれてしまう。  しかし、色んな人達の助言などもあり、徐々に力もつきはじめ留学期間が終わる頃には、勝率も6割ぐらいに上がっていた。読みにも深みが出てきたし、師匠の森下を思わせるような粘り強さも備えてきた。  永夏(ヨンハ)秀英(スヨン)も、よく気遣ってくれて息抜きに出かけたり、食事に連れていって貰ったり、アパートに来ては一晩中囲碁を打ったり雑談したりと、何かと相手をしてくれた。  『永夏がこんなに優しいとは思いもしなかったなぁ~』  和谷は少々感動していたが、何の事はない。永夏はただ、秀英にガミガミ言われるのと、ヒカルに嫌われるのがイヤなだけだったのである。  特に秀英は進藤より一つ年下だけど、進藤よりしっかりしている。   和谷がそう言うと「ワヤ、比べる相手が悪いよ。進藤と比べたら、誰でもしっかりしてることになるよ」 秀英はかなり失礼なことを平気で言った。   和谷が「それはちょっと、言い過ぎじゃないのか?」  そう秀英に言ったら、「進藤は、精神的に純粋なんだよ。純真無垢っていうか、世間の垢に塗れてないって感じがするって事かな? まあ、世事にも疎いみたいだけどね」 「ああ~成る程。そう言われればそうだな。でも、一時期から比べると、急に大人びた時期があったぞ」 「それは、何かあったの?」 「うん、プロになってすぐの頃かな? 急に手合いに出て来なくなったんだ。無断で2ヶ月ちょっと休んでたな。その後またきちんと出るようになったけど、以前とは雰囲気がガラッと変わった感じがしたぞ。どうして、手合いを休んでたのか理由は解らん。聞いても何も言わなかったからな」 「へぇ、そんな事あったんだ」  年の瀬も押し迫った29日に和谷は帰国し、入れ違いに南 俊勇(ナム・ジョンヨン)は韓国に帰って行った。  二人とも、それぞれの期待と願いを抱えて。  平成17年(2005年) の年明けは、1月5日棋院の打ち初め式から始まる。和谷が帰国した時に連絡は貰っていたが、会うのは今日がはじめてだった。みやげ話でワイワイ盛り上がっていた。  「韓国のレベルは噂に違わず、すっげー高いのなんのって。最初の頃なんてよ俺全然勝てなくてさぁ。マジ日本に帰りたくなったぜ」 「へぇー、そうなんだ。で、どうよ、留学の成果は?」 「ちったぁー上がったと思うぜ。楽しみにしてろよ。それより、永夏って案外優しいんだな。秀英もよく気遣ってくれてさ、あの二人のお陰で助かった」 「へっ! そう?」 永夏ってそんなに優しかったか? ヒカルは首を捻る。  そこに、塔矢と伊角がやって来た。 「みんな明けましておめでとう。何してるんだい?」 「伊角さん塔矢、おめでとう。今さ、和谷の韓国の武者修行の話聞いてたんだよ」 「僕も聞きたいけど、そろそろ式が始まるよ」 「そうだった。じゃ行こか」  打ち初め式は滞りなく進んだ。昨年もそうだったが、今年も若い女性のファンが増えていた。塔矢とヒカルが壇上にあがると、「キャー!」 と言う黄色い声が上がる。まるでアイドルだ。塔矢は苦笑いしながらも頭を下げていたが、ヒカルはドギマギしてしまった。それを舞台袖で見ていた和谷は、進藤は奥手だなぁーと思っていた。  永夏に「ヒカルには彼女が居るのか」 と聞かれたが、『ありゃー、彼女なんて絶対居ないな』 そう思っていた。  勿論永夏にも「居ないと思うぜ」 と答えておいた。  永夏の奴、まさか進藤に本気じゃないだろうな。韓国にいる間に永夏の数々のガールフレンドを見た。会う度に違う女性を連れていて、これにはびっくりした。  秀英に「永夏ってもてるんだな」 って聞いたら「唯のガールフレンドだよ。別に本気の相手じゃないよ」 秀英はそう答えていた。 「永夏はね、本気にならないというか、なれないというか、まあ、女性の方がほうっておかないというのもあるけどね」 「じゃ、進藤の事は?」 「うーん、正直判らない。本気じゃないと僕は思ってるけどねぇ」  などと、韓国での出来事を思い出していたら、自分が壇上に上がる番になっていた。  和谷が登壇すると、「キャー、和谷くーん」 と黄色い声が聞こえ『お、俺も結構いけるかも?』 なーんて思ったら 「棋院はいつから芸能界になったんだ」 緒方九段の憮然とした声が聞こえた。 「あはははっ」   笑いで誤魔化して、そそくさと壇上を下りた。緒方先生怖ぇ~からな『心臓に悪いぜ、全く』  打ち初め式も済んで、塔矢と一緒に碁会所に行こうという話になった。 「伊角さん、和谷、一緒に碁会所行って打たねぇ?」 ヒカルが声をかけると 「エッ! と、塔矢と一緒にか?」 「なんだよ、塔矢が一緒じゃイヤなのか和谷?」 「いやぁ、イヤッて訳じゃないけど、塔矢はいいのか?」 「僕は全く問題ないですよ。伊角さん、和谷君、ご一緒しませんか?」 「お前な! その丁寧口調いい加減やめろよな。普通に話せ、普通に!」 「そう言われても……解りました。伊角さん、和谷、行こうよ」 「年上なのに、俺だけ呼び捨てとは、どういう了見だぁ!」 「進藤だっていつも呼び捨てじゃないですかぁ。だから同じにしたんですよ。それとも、僕はダメだとでも?」 「ウッ……」 「和谷君、僕のこと嫌いですもんね」 「べ、別に嫌っちゃいないよ。その、なんだ、まぁ……ええぃ! もう、好きに呼べ好きに」  正月から、塔矢 VS 和谷の言い合いを、ヒカルと伊角は黙って眺めていた。 「もしもーし」 ヒカルに呼びかけられ二人とも我に返る。顔がちょっと赤くなる。 「今日はさ、道玄坂の碁会所に行ってみないか? さっき、河合さんに会って文句言われたんだよ。ちっとも来ないって」 「河合さん、打ち初め式に来てたのか?」 「そうなんだよ。いつ働いてるんだろう? 塔矢いいか?」 「僕は何処でもいいよ」  「じゃ、時間勿体無いから行こうぜ」 という訳で4人で連れ立って、馴染みの道玄坂の碁会所に行く事にした。  碁会所では予想通りというか、上を下への大騒ぎだ。何しろスターの塔矢アキラがいるのである。 「なんだよぉーみんな。塔矢が居るからって、そのはしゃぎ様はよぉー。俺達も居る事分かってんの?」   まさに馬の耳に念仏状態。やっぱ、連れてくるんじゃなかったぜと思うヒカル。 「塔矢先生、今年は名人リーグ戦勝って、是非タイトル取ってくださいよ。期待してますよ」 マスターが言えば 「そうだそうだ。このガキャーは、王座戦コケやがって。俺に恥かかすんじゃーねぇ!」 ヒカルの髪の毛をグシャグシャにかき回す。 「なんで河合さんに関係あるんだよぉ!」 「河合さん大丈夫ですよ。進藤は近いうちに必ずタイトル取りますから」 塔矢が口を添える。 「そ、そうですかい? やぁー塔矢先生が言うと、本当に思えてくるから不思議だなぁー」 「全くだな。うんうん」  堂本さんや、曾我さんまで肯いている。 「なんだよぉーもう! どうでもいいけど、早く打とうぜ」 「おっと、浮かれてちゃいけない。皆さんにお茶出さないと」  マスターが慌てて支度に走っていく。 「和谷君、僕と打たないか? 韓国での修行の成果見せてくれるんだろ?」  塔矢がニヤッとしながら、和谷に声をかける。 「お、おぅ、いいぜ」  ヒカルと伊角はこれは面白くなったと思い、見学に廻った。碁会所のお客さんも、周りを取り囲む。 「和谷君、お互いに手加減無しだからね」 「解ってるよ」  和谷が握り、黒が和谷。塔矢が白。「お願いします」 と挨拶し対局が始まった。  10数手打って、塔矢もヒカルも伊角も、和谷の棋力がかなり上がっている事に気づく。これは……ヒカルと伊角はお互いに顔を見合わせた。韓国での修行も捨てたもんじゃない。盤上は殆ど互角に進んでいる。塔矢が切り込んできたが、和谷は上手く凌いでいた。 『読みにも深さが出て来てるな』 伊角は感じていた。  塔矢も打っていて、今までと違う手応えを感じる。これは、和谷も強敵になってくるかも。最後は力で塔矢が勝り、和谷の1目半負けだった。 「あぁークソッ! 勝てると思ったのに」 「和谷、お前凄いな。今年は強敵になりそうだ。伊角さん、俺たちもうかうかしてられないよ」 「ああ、ほんとにな」  それからは、碁会所のお客さん相手に全員で2面打ちしたりと、久しぶりに楽しい時間を過ごした。  それぞれがプロとして忙しい時間を過ごしているので、皆で一緒に揃う事は滅多にない。  帰りは居酒屋に寄り、大いに食べて飲んだ。もっとも、未成年の集まりであるから、アルコールは伊角以外飲めないが、「俺は今年20歳だから飲むぞぉ」 と和谷は叫ぶ。 「軽いアルコールにしておけよ和谷」 「チェッ!」 伊角に言われて仕方なくチューハイにする。 「塔矢と進藤は、一人暮らししないのか? お前達はがっぽり稼いでるから、十分暮らしていけるだろ?」 「がっぽりは稼いでませんが、僕はそろそろしてもいいかなと、考えてますよ。棋院に近い場所にしようかと物件探してるんです」 「えっマジ? 俺はどうしようかなぁ。一人暮らしは気は楽だけど、掃除洗濯がなぁ」 「進藤大丈夫だって。結構何とかなるもんだって。それに俺らはよ、外で食べるほうが多いから、家で毎日食べる訳じゃないしよ」 「そっか。じゃ俺も考えてみようかな?」 「僕がついでに進藤の物件も探してみようか?」 「おう、そりゃ助かるぜ。頼むぜ塔矢」  和谷はこの時一抹の不安を覚えた。まさか……塔矢の奴、違うよな。今までそんな素振り無かったよな? 「それより、皆彼女とか居ないの? 囲碁バカばっかりの男が集まって飲んでるのも侘しいよな」 「そういう和谷は居るのか、彼女」 伊角が尋ねる 「居たらこんなところで飲んでねぇって。伊角さん、お年頃なんだから居るんじゃないのぉー。奈瀬とかはどうなのぉ?」 和谷が絡んでくる。 「和谷絡むな。奈瀬は彼女じゃない。今は女性より囲碁優先だよ」 「俺も、彼女作るより碁のことで、いっぱいいっぱいだよ」 ヒカルも、うんうんと応じる。 「そうだね。僕も今は囲碁優先ですよ」 塔矢も賛同しつつ、ウーロン茶を飲む。 「進藤、お前同級生の可愛い女の子いたじゃないか? 付き合ってないのか?」  ここでも絡み管を巻く和谷……。こいつって酒癖悪かったんか? 「あかりの事か? あかりは唯の幼馴染だよ。それよりも、奈瀬は今年もプロ試験受けるって?」 「ああ、外来で来るんじゃないか? 女流枠も受けるつもりみたいだよ」  「そっか。受かるといいな」 昨年は、外来3名の合格だった。  一昨年は、院生の足立と小宮、外来の片桐さんが合格を決めた。 「やっぱ、囲碁バカばっかりだな。あー寂しい。そういえば永夏なんてよ、会うたんびに違う女連れてんだぜ。もてるのなんのって」 へぇ~と三人が同時に感嘆する。 「よくデートする暇あるな、永夏の奴」 「なんだ、進藤。羨ましいのか?」 「別に、羨ましくなんかねぇよ」 「ダハハハ―妬くな妬くな進藤。さあ、ジャンジャン食べろ」  「和谷ぁ、やっぱ酔っ払ってるのか? 伊角さん、和谷の奴酔ってるよ」 「そうみたいだな。和谷は俺が連れて帰るよ。お前たちも気をつけて帰れよ」 「うん、頼むね伊角さん。おやすみ。塔矢俺らも帰ろう」 「ああ。伊角さん、和谷君、おやすみなさい」  二人で帰る道すがら、「和谷君、かなり棋力上げてきたね。韓国でよっぽど鍛えられたんだ」 「うん、そうみたいだな。最初は負け続けだったらしいぜ」 「そっか。頑張ったんだな、彼」 「そうだな。見知らぬ国で一人で修行するのって大変だろうな。俺それだけでも、伊角さんとか和谷のこと尊敬しちゃうよ」 「うん、僕も。僕達も頑張らないとね」 「そうだな」  みんなといっしょに居られれば、つかの間でも佐為の事を忘れていられた。もうどのぐらい回復しただろうか? 『後遺症とか無いといいけど……』  会いたかった。佐為じゃないと思っていても解っていても、あの人に会いたかった。何もかも、佐為そのもののあの人に……会いたい。  ヒカルは気づいていなかったが、ヒカルの美意識はかなりずれていた。成長期に人外の美しさを持つ佐為と過ごした為、《美しい・綺麗》 という基準が他の人とは違っていた。仲間が綺麗だと騒いでる女性を見ても、『そうかな?』 と思ってしまうところがあった。  一方、和谷を連れて歩いていた伊角は、和谷が歩みを止めたので振り返った。 「和谷、どうした? 気分でも悪いのか?」 「違うよ。酔ってなんかないって。なあ、伊角さん、塔矢って……まさか」 「ん? 塔矢がどうした?」 「……いや、何でもない。帰ろう伊角さん」 突然走り出した和谷を追いかけて、伊角が叫ぶ。 「和谷ぁー! 走るなぁ。酔いが回るぞぉ」   グルグル両腕を振り回しながら走る和谷が叫ぶ。「酔ってねえってばぁー!」

第七話 arrow arrow 第五話



            asebi

↑ PAGE TOP