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想恋歌

第一章 ふたたびを貴方と 第五話                             2013.11.18

 和谷は韓国に旅立った。不安と期待でドキドキ・ワクワクであった。  一応簡単な、挨拶程度の韓国語を覚えてきたが役に立つかどうか、非常に心許ない心境だ。  空港に着くと、永夏と秀英が待っていてくれた。 「アンニョンハセヨ チョヌン ワヤ ヨシタカ イムニダ」 「ワヤ、日本語でOKだよ。永夏は知ってるよね」 「ワヤはヒカルと仲がいいのか?」そう永夏が聞くので「はい、大の仲良しです」  ニッコニコで答えたら、永夏は途端に不機嫌な顔になった。  ――エッなんだ? 俺、なんか不味い事でも言ったのかと、恐る恐る秀英を見ると 「ワヤ、気にしなくていいよ。永夏は進藤にホの字なんだよ」 「ハッ? ホの字って、進藤に惚れてるってことですか?」 「本人はそう言ってるけど、僕は本気じゃないと思ってるんだ。進藤で遊んでるだけだよ。さっ、もう行こうワヤ。お腹空いただろ。本場の韓国料理食べさせてあげるよ」  連れて行かれた店は結構大きな店だった。 「ワヤは好き嫌いあるの?」 「いえ、ないです」 「じゃ、食べたいものがあれば言って。なければ僕が注文するけどいい?」 「はい、任せます」  暫くして料理が次々と運ばれて来た。普段日本で食べる料理と、見た目や色合いが全然違う。  秀英が丁寧に説明してくれる。 「これが参鶏湯(サムゲタン)。一羽まるごとの鶏の中にもち米やニンニク、高麗人参なんかの漢方をぎゅうぎゅうに詰めて煮込んだものだよ。  これはスンドゥブチゲ。固める前の柔らかい豆腐スンドゥブをアサリ、牡蠣や豚肉などでダシを取って、ネギ、ニンニク、唐辛子、ゴマ油、塩などで味付けて煮るスープ料理。  こっちはサムギョッサル、豚の三枚肉の焼肉だよ。これは、アワビ粥。  次は、トッポッキ。韓国のお餅「トッ」をコチュジャン、唐辛子味噌などで炒めたもの。甘辛だよ~。  最後はマンドゥ。日本で言うところの餃子かな? 沢山食べてね、ワヤ」  和谷はあまりの多さに目が白黒したが、いただきますと手を合わせ箸を伸ばした。 「んまぁー! 超美味いっす。スゲェ~!」 「それはよかった。日本の人が好きそうなもの選んでみたんだよ」  食事をしながら、ワイワイと話が弾む。 「ワヤは今何段なんだ?」 と永夏が尋ねる。 「今、四段です」 「進藤が言ってたよ。ワヤは碁のセンスもいいし、力もあるって。だからもっと上に行けるはずだって」と秀英が永夏に教えている。  進藤の奴、そんなこと話してたんか。   「ヒカルが言うなら、間違いないだろうな。いいかワヤ、ここでしっかり勉強して物にして帰れよ。でないと俺がヒカルに怒られる」 「はい、俺頑張ります。宜しくお願いします」  進藤に怒られるって……引きつった笑みを浮かべて頭を下げる  食事が終わり、韓国棋院に挨拶に行き、それから、宿泊予定のアパートに連れて行ってもらった。棋院から歩いて10分ぐらいの近さだった。これは助かる。 「必要なものは揃ってるはずだから、生活には困らないと思うよ」 「はい、ありがとうございます」 「明日は、永夏も僕も休みだから、棋院でみっちり打てるからね。皆にも紹介するよ。朝9時半頃に来られる?」 「そんなに早いのか?」 永夏は文句タラタラ・タラタラ、垂れ流しだ。 「9時半のどこが早いのさ永夏。遅れないでよ」  秀英が横目で睨んでいる。   「それじゃーね、ワヤ。僕たちは帰るね。また明日」 「はい、おやすみなさい。ありがとうございました」  永夏と秀英が帰って、和谷は一気に脱力感に襲われた。 「ハァー、目まぐるしい一日だったなぁー。さて、風呂入って寝よう」  和谷は知らなかった。韓国のアパートには、日本のような風呂が無い事を。シャワーだけというのが大半なのである。  あくる日9時半前に棋院に入ったら、秀英がすでに来ていて待っていた。 「遅くなってごめん」 和谷が頭を下げる。 「大丈夫遅れてないよ。遅れてくるのは永夏の方さ、どうせ」 「だーれが、遅れてくるって?!」 「あれ永夏! 早いじゃんか」 「当たり前だ。じゃ、対局室に行こうか。皆に紹介する」  対局室に行くと、もうすでに結構な人数の人達がいた。永夏が皆に紹介してくれた。 「日本から勉強に来た、ワヤ ヨシタカ四段だ。2ヶ月間ここにいるから、皆宜しく頼みます」 「チョウム ペップケッスムニダ チョヌン ワヤ ヨシタカ イムニダ チャル プッタクハムニダ(初めまして。私は和谷義高と言います。宜しくお願いします)」  和谷が頭を下げると、全員が起立して挨拶をしたのには、吃驚した。これは、永夏効果?  その永夏は、和谷が挨拶程度とはいえ韓国語を練習してきているのに、かなりいい気分になっていた。  早速、永夏が互戦で力を見ると言うのでお願いした。皆がワラワラと廻りに集まって、和谷の緊張はピークに達した。 「ワヤ、緊張しないで。いつもの通り打てばいいから」  秀英が和谷の肩に手をおきながら声をかける。  永夏は対局していて、確かに碁のセンスは悪くないな。だが、読みの甘さが所々ある。ここを克服すればかなり上がるなと思った。ちゃんと面倒見ないと、ヒカルに怒られるからなぁ。  対局は和谷の中押し負けになった。『永夏ってさすが強ぇ~』  秀英が「ワヤ、ここの手はまずい。この場合はここを押さえるのが有効だ。そうすれば白がきつくなる」 「あっ! そうか」 「ワヤ、お前棋力はかなりのものがある。ただ、読みの甘いところが多い。まず課題はそこだな」  永夏が自分の弱点を的確に指摘する。流石に高永夏、半端ない。 「はい、そうなんです。自分でも解ってはいるんです」 「ワヤ、まだ僕も進藤もプロになる前に一回対局したことあるだろ? 覚えてる?」 「勿論、覚えてるよ」 「その時、左上の攻防を睨んだ進藤の読みに、誰も気づけなかった。勿論僕も。進藤の凄い所は読みの深さ、閃き、センス、集中力だ。ワヤだってたどり着けるはずだ。僕も含めてね」 「とにかくここにいる間沢山打て。出来る限り考えて色んな手を模索しろ」 「はい!」 「じゃ、次は僕と打とう」  永夏と秀英が席を替わる。こうして、和谷の韓国武者修行が幕を開けた。  昼休憩になって、永夏・秀英と食事を取っていたが、永夏は棋院の人に呼ばれて席を外していた。  和谷はちょうどいいと思い、秀英に聞いてみた。 「朝、対局室に入ったときさ、永夏が俺のこと紹介しただろ。少し不思議に思ってさ。それまではあんまり、永夏が口出してこなかったし、秀英が色々してくれてたから、てっきり秀英が紹介してくれるのかと思ってた」 「ああ~そういう事。ワヤ覚えておいて欲しいんだけど、それは韓国と日本の違いだよ。韓国では一歳でも歳が上だったら、お兄さん、お姉さんとして尊敬しなきゃいけない。そのぐらい上下関係が厳しいんだよ。僕が永夏に対して友達みたいにしてるのは、永夏がそれを許してくれてるからなんだ。普通は永夏も【お兄さん】と呼ばなきゃいけない。そして、ああいった場面では年上である永夏を立てなきゃいけない。あそこで僕がワヤの事を紹介したら、永夏の顔を潰す事になる。普通そんな事をしたら、険悪な仲になってしまうんだよ。それに、永夏は若手No.1の実力者だ。永夏が頼むといえば皆がそれに従うのさ」 「へぇ、そうなんだ。成る程なぁ。日本と随分違うんだな。よく覚えておくよ」 「うん」  秀英はニコニコとしている。 「で、お兄さんて韓国語で何て言うんだ」 「女の人が呼ぶときは【オッパ】、男の人が呼ぶときは【ヒョン】だよ」 「へっ、違うんだ。じゃ、俺が呼ぶとしたら、永夏ヒョンって言う訳?」 「そうだよ」  其処に永夏が帰って来た。和谷は早速使ってみた。 「お帰り、永夏ヒョン」  すると永夏の動きがピタッと止まって、和谷を見て秀英を見た。秀英が下を向いて笑っている。 「……ワヤ、同じ歳なんだから名前だけでいい」 永夏は仏頂面だ。 「わかった」  一方韓国から交換留学生で来た南 俊勇(ナム・ジュンヨン )は、ヒカルから日本語を覚えろな! と言われ猛勉強した。  お陰で、かなり話せるようになっていた。日本語を覚えた事で日本に来てもさして困ることもなく、非常に助かっている。  最初は棋院が用意してくれた宿泊施設に泊まっていたが、「15歳の子が見知らぬ国で一人で居るのは可哀相よ。家に泊まればいいわ」  母、明子の鶴の一声で、塔矢家に宿泊する事になった。  俊勇は明子にもすぐ慣れて「あきこさん」と呼んで、家の仕事も自分から率先してやっていた。明子も息子が二人になったと嬉しそうにしていた。  何より、憧れの塔矢行洋先生の研究会にも参加させて貰い感激していた。  流石に塔矢先生に初めてご挨拶したときは、緊張でガッチガチになってしまい上手く言葉が出てこなかった。  でも先生は優しそうな笑顔で「頑張りなさい」と声をかけてくれたので、僕の緊張も幾分ほぐれた。  進藤兄さんには、森下先生の研究会にも連れて行って貰い、日本にいる間は和谷の代わりに来いと言って頂いたし、門下の都築さん・白川さん・冴木さんも優しかった。  その合間に、棋戦の対局の見学をさせてもらったり、雑誌の取材もあったりした。  洪秀英兄さんの叔父さんがやってる碁会所と、塔矢兄さんの碁会所も暇があれば通った。この間は進藤兄さんの家に泊まりに行って、みっちり打ってきた。    進藤兄さんは、塔矢兄さんの家にも泊まりにきて、三人で早碁をしたり棋譜の研究などした。  この間は進藤兄さんに「なあ俊勇。その兄さんって呼ぶのヤメネ?」そう言われだがこれだけは譲れなかった。    韓国の礼儀ですと、そう言ったら「ホントかぁ? だって秀英だって俺より年下だけど、呼び捨てだぜ」  進藤兄さんが言うと、塔矢兄さんが「進藤いいじゃないか。俊勇がしたいようにさせてやれば」 「うーん、まぁーいいけどさ」  塔矢兄さんがそう言ってくれたので、進藤兄さんも納得してくれたみたいだ。  そんな最中、ヒカルは29期・棋聖戦挑戦者決定戦に臨んだ。相手は倉田八段。それぞれ5時間の持ち時間で争う。  ヒカルは善戦むなしく、倉田に敗退を喫した。だが来年はシードでリーグ残留が決まっている。 「進藤、まだまだなぁー。俺に早く勝てるようになれよ。ギャハハハ」 相変わらずのキャラで捲くし立てていた。 「見ててくださいよ。来年こそは、ギャフンと言わせますからね。だから、棋聖戦勝ってくださいよ、倉田さん」 「おう! 任せとけ」  52期王座戦は第三局の挑戦手合いがあり、こちらは辛くもヒカルが勝利を収めた。  その間、4回ほど病院に行くことができた。佐為のお姉さんからも、一週間に1回ぐらいの割りで電話をして来てくれた。  そして12月に入り王座戦の第四局で、ヒカルは負け2勝2敗のタイになった。第五局で緒方が勝てばタイトル防衛、ヒカルが勝利すれば、初のタイトル保持者となる。  塔矢は30期・名人戦の最終予選を通り、リーグ戦に進んでいた。43期・十段戦は3回戦を勝ち、準決勝に進んだ。60期・本因坊リーグ戦は、ヒカルも塔矢も順調に勝ち星を増やしている。  忙しい棋戦に明け暮れる日々を送っている頃、佐為のお姉さんから電話があった。電話に出るとヒカルが言葉を発する前に、奈津美の方から話し出した。 「進藤さん、佐為が目覚めました! 意識が戻ったんです」 「えっ! ほんと? 本当に?」 「ええ、そうです。帰ってきたんですよ佐為が。今、詳しい検査しましたが、何処にも異常無いということです。私の事もちゃんと解りましたし。進藤さん、お時間あったら病院にお越しください」 「良かった本当によかった……。佐為さんが無事でいてくれるなら、それだけでいいです。お姉さん、俺が見舞いに行ってた事は黙っててください。お願いします」 「でも進藤さん、黙ってるなんて」 「いいんです。お願いします」  奈津美はそれ以上言えなかった。 「解りました。進藤さんがそう仰るなら、佐為には話さないでおきます。進藤さん、ありがとうございました」 「いいえ、とんでもないです。俺の方こそありがとうございます。どうぞお大事に」  ヒカルは、嬉しかった。よかった本当に良かった。ちゃんと、帰って来てくれた。佐為……  暫くしてから、塔矢に連絡をした。 「塔矢、俺」 「進藤、どうした?」 「今、藤原さんのお姉さんから電話があって、佐為さんが目覚めたって」 「えっ! 本当に。よかった。進藤よかったね」 「うん、よかった。塔矢色々ありがと」  塔矢に礼を言うのも変な気がしたが、自分の事を心配してくれていたのは解っているので、素直にそう言えた。  時間を遡ること2時間前。奈津美は病室の窓から外を眺めていた。佐為が事故に遭った時は初秋に入った頃だったが、今はもう寒さの厳しい季節になってしまった。曇天の続く空を見上げていると、心なしか気持ちも沈み込んでいくようだ。  2ヶ月近く昏睡状態のまま、このまま年越しになってしまうのだろうか? このまま佐為が目覚めない事態が続く事を考えてしまうと、佐為が哀れで居た堪れない。父や兄達には、希望はあるのだから悪い方ばかりに考えるな、と言われる。理屈では解っていても、人間とはついつい悪い方へ気持ちが傾いてしまう。佐為がすべき仕事は、兄たちが変わってやっている。  奈津美には娘と息子が一人ずついる。二人共佐為には懐いていて、とても慕っている。事故に遭った時は泣いていた。  特に娘の可奈子は、泣き通しだった。16歳という多感な年頃の可奈子にとって、佐為は友達みんなに自慢したい、とても素敵な叔父様なのだ。  そんな事や、佐為の子供の時の事など色々思い出していたら、「うぅ……ん」うめき声が聞こえ、ハッとしてベッドを見やれば、佐為の手がかすかに動き上がりかけている。 「佐為!」叫びながらベッドに近づき、「佐為!」もう一回呼ぶとうっすらと瞼が開いた。  奈津美は慌てて、呼び出しボタンを押して医師と看護師を呼ぶ。その合間に佐為が眼を開けた。 「佐為! 気がついたの? 私よ解る佐為!」  呼びかけると、佐為の口がゆっくり動き言葉を紡いだ。 「ヒ……カル……」 「佐為?」  ひかるって何だろう? 人の名前だろうか? 考えていたら医師と看護師が駆けつけてきた。 「佐為さん、解りますか。 私を見てください佐為さん。 私が解りますか?」  医師が問いかけると佐為はゆっくり肯いたが、その途端手で顔を覆い「アアァ……アァ~!」と叫びだした。 「佐為さん落ち着いて!!」  医師が宥めるが、佐為はその間も絶え間なく叫んでいた。  鎮静剤の用意をと、看護師に指示が出る。    奈津美は叫び続け身体を震わせる佐為に、顔色は蒼白なり「佐為、落ち着いて。大丈夫だから落ち着いて」と声をかけることしか出来なかった。  すぐさま鎮静剤が打たれ、程なく佐為は落ち着きを取り戻したようだ。   「先生、佐為は大丈夫でしょうか?」 「大丈夫だと思います。私の事を確認しましたから。今のうちに検査に入ります。暫くこちらでお待ちください」  奈津美はその間に、父や兄たちに電話をした。検査を終わって佐為が病室に戻ってきた。   「奈津姉さん……」  佐為の呼びかけに、奈津美は佐為の手を握りしめ涙が止まらなかった。 「姉さん、心配かけましたね。申し訳ありません」 「いいえ、貴方が無事に戻ってきてくれれば、それでいいの」 「ありがとう……」  それから、父や兄たちも駆けつけ、みな佐為が無事に目覚めたことを喜んでいた。一番上の兄が医師に話を聞いたところ、特に目立って悪いところはありませんし、若いですから2~3週間もすればほぼ回復するでしょう。後は温泉でも行って暫く療養すれば大丈夫だと思いますよ」  ヒカルの前から消滅して4年あまり、藤原佐為が現世に戻ってきた瞬間だった。

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