想恋歌
第一章 ふたたびを貴方と 第二話 2013.10.29
ホテルに到着すると、韓国選手団もすでに到着していた。 「進藤~」秀英 が嬉しそうに駆け寄ってくる。 「秀英、久しぶりだな。元気だったかぁ?」 「うん元気! 進藤背が伸びたな。じゃなくて、今年は僕が勝つからな!」 「あははっ! 俺だって負けないさ。オッス、永夏 も久しぶり」 「ああ、ヒカル久しいな。今年も韓国が勝たせてもらうからな」 永夏は後からヒカルに抱きつく。全く永夏ったら全然変わってないんだから、秀英はため息をつく。 「進藤、今年の韓国の三将は、南 俊勇 が加わったからな宜しく」 秀英がニコニコしながら言っている。ヒカルに久しぶりに会えたのがよほど嬉しいらしい。 「そのジュンヨンさんは強いのか?」 「当たり前だヒカル。強くなければ韓国でメンバーには選ばれない」 「永夏ぁ、耳元で喋るの止めてくれよ、くすぐったいっての。もう離せったらぁー。毎度毎度俺にくっつきやがってぇ」 「うふふ、ヒカルは抱き心地がとてもいいから」 「ハア? 何言ってんだよ。暑苦しいから離れろっつうーの!」 「やれやれしょうがない。このぐらいで終わりにしておくか」 永夏は何を思ったのか、初めて北斗杯で対局して以降、ヒカルにぞっこん参ってしまったらしく、会う度にちょっかいを出してくる。ヒカルで遊んでいるとしか思えないけど。 そこに、塔矢と社と倉田も到着した。それぞれ挨拶を交わすが、塔矢と永夏は火花がバチバチ飛び散っていた。 この二人は性格が似ているのか水と油だ。 「レセンプションの始まる30分前に、2階のロビーに来いよ。分かったな」 倉田が絶対遅れるんじゃないぞと、念を押しながら去って行く。 「はーい」 それぞれの部屋に散っていく若き棋士達。しばし休憩の後に三人で連れ立って2階に下りていく。 名前と花をつけて貰い、中国の選手達とも挨拶を交わして入場して行く。 ヒカルも社も、このレセブションとかパーティーが苦手だった。 『顔も知らんおっちゃんやらおばちゃんに、愛想振りまかなあかんなんてやってられんわ』 と言うのは社の弁であるが、ヒカルもまったくその通りと思っていた。 しかしこれも、囲碁棋士としての仕事の一つなのである。 5時から始まったレセブションは延々と2時間続いて7時過ぎに終了となった。 「ハァ、疲れたなぁ塔矢、社」 「全くや、出場する選手疲れさせてどないするんや」 「確かに疲れるね、早めに部屋に引き上げて休むとしよう」 「そやな、進藤行くでぇ」 「二人とも先に行ってて。俺トイレ我慢してたから、ここのトイレ寄ってから部屋へ帰る」 「そっか、じゃ先に行ってるよ進藤」 「おう悪いな。じゃな」 トイレで用を済ませて人心地つき、髪の毛を手櫛でチョチョイと直し、レセンプションで食べられなかったから腹が減ったなぁ、などと考えていた。 コンビニ行って何か買って来ようと思いトイレを出る。 廊下を歩いてたら、佐為にそっくりなあの人にばったり出会ってしまった。 ヒカルは体が硬直してしまい、暫くの間口が開けなかった。 一方、佐為もヒカルを見詰めて驚いた顔をしていたが、ヒカルより一瞬早く立ち直り 「大丈夫ですか?」 佐為と同じ声がヒカルに問いかける。 その声に我に返り慌てて「あ、はい、あ、あの、この間は突然すみませんでした」 ヒカルは最敬礼なみに頭を下げる。 「いいえ」 佐為にそっくりなその人は穏かな顔をしていた。 その表情を確認したヒカルも、ホッと安堵の息をついた。よかった、怒ってはいないみたいだ。 「今日はスーツ姿でしたので一瞬見間違えたかと思いました。今日はどうしてこちらに?」 「あの、明日から囲碁の大会があって、それで……」 「ああ、北斗杯ですね。関係者の方なんですか?」 「はい、一応まあ……あ、あの」 「はい何でしょう?」 「貴方のお名前教えて貰ってもいいですか? 俺は進藤ヒカルと言います」 「……私は藤原佐為と申します」 ヒカルは唖然としてしまった。名前まで一緒だなんて……そんな、そんな事って。 「私は貴方の知っている方に、似ているのですか?」 「はい、そっくりだったものでつい……。すみませんでした、ありがとうございます。俺、ここで失礼します」 会釈し佐為の横を通りすぎて行く。佐為も軽く会釈しヒカルの背をじっと見詰めていた。 佐為はかなり以前から、何かを忘れている様な感覚に陥る事があった。何かとてもとても大切な出来事、物、者? その感覚がこの少年と出会ってから強く感じる。 2回も立て続けに会うなど余りあることではない。 これが男女間だったら、運命の出会いとかいうことになるのだろうか。 クスっと笑いながら、仕事に戻ろうとした時、秘書が捜しにきた。 「佐為様、早くお戻りください。皆さんお待ちかねです」 「はいはい、解りましたよ」 しかしあの歳でもう仕事をしているのだろうか? と考えハッと思いつく。 「斉藤さん、北斗杯の出場メンバーは18歳以下って言ってましたね」 「はい、さようでございます」 「出場選手、其の他のスタッフが載ってるパンフレットありますか? あれば持ってきてください」 程なく秘書が持ってきてくれたパンフレットを覗くと見つけた。 「進藤ヒカル17歳」 出場選手だったのか。という事は、彼はプロの囲碁棋士。この間一緒にいた若者もいる。 塔矢アキラ17歳。なるほど塔矢行洋の息子でしたか。道理で見かけたことがあると思った。 「佐為様」 秘書に呼ばれ、仕事に戻る為に歩き出す。 ヒカルはかなり動揺している自分を感じていたので、足早にその場から立ち去った。 あれ以上アソコにいたら、何か失態をしでかしてしまいそうな予感がした。 名前まで一緒だなんて、思いもしなかった。あの人どうして此処に居るんだろう? この間も居たよな、仕事で来てるんだろうか? あぁ~もうダメだ、しっかりしなくちゃ。あれは佐為じゃない。俺と一緒に過ごした佐為じゃない。忘れるんだ。忘れろ忘れろ。気にしてたらダメだ。明日は中国戦だ。負けられない戦いなんだ。 ヒカルはコンビニに行くのも忘れ、ホテルの部屋に戻ってしまった。お陰で明くる朝は猛烈にお腹が空いていた。 1日目は午前中に、日本×中国。午後から韓国×中国。 2日目に韓国×日本の組み合わせになっている。 「いいか、絶対負けるなよ! 今年こそは日本が優勝だ。いいな!」 倉田の檄が飛ぶ。 「解ってますよ倉田さん。進藤・社、行くぞ」 塔矢を先頭に、ヒカル、社の順に入場し席に着く。 相手の中国の大将、李勇 が握り、塔矢が白番。ヒカルが黒、社が白。 副将・趙石 、三将・楽平 「お願いします」 挨拶をして対局が始まる。ヒカルは昨年も趙石と対局して、半目負けをした。今年こそは勝ちたい。ヒカルは序盤から攻めの姿勢を崩さなかった。悠長に様子見をしながら戦って勝てる相手ではない。趙石も果敢に攻めてくるので、盤上は激しい戦いになっていた。 控え室では、団長達以下スタッフが一喜一憂しながら、画面を食い入るように見ている。 「よしよし、三人とも出足調子良しだ。この調子でガンガン行けぇ!」 倉田が叫べば 「そうは行くか。うちも全然悪くない」楊海 が嘯く。 会場では、離れたところからヒカルを見る佐為がいた。 ほぉー! これは……。盤上に向かうと顔つきも雰囲気も一変しますね。勝負師の顔です。さながら天駆ける龍の如く、という感じですかね? どこかまだ幼さを残した顔立ちが、別人のようであった。不覚にも佐為は魅入られてしまった。 『進藤ヒカル……ですか』 ヒカルは対局に入ると、周りが一切見えなくなる集中力を発揮するので、佐為が様子を見ている事には全く気がついていなかった。が塔矢は終盤になり、自分の勝ちが揺るぎないものを確信した時に、こちらを見ている視線に気がついた。 進藤ヒカルを見ている藤原佐為に。 『やっぱり来ていたか。自分が担当するホテルの一つだから、居ても不思議ではないけど』 対局は日本が3勝で勝ちを収めた。倉田は超ご機嫌で、楊海はすこぶる機嫌が悪かった。 韓国の安太善 も「韓国も三勝させて貰おうかな?」 余裕の風情で発言する安太善に、楊海も負けじと言い返す。 「いいや、絶対中国が勝つ!」 今年も盤外戦は白熱してるようである。 昼食の時間になりレストランへ向かう。 倉田が「何でも好きなもの食べていいぞ。俺の奢りだ」 「倉田さん、食事もスポンサー持ちでしょ?」 そんなホラ吹いても分かってますよとばかりに、塔矢がしっかり念を押す。 「なんだぁ、倉田さん偉く気前がいいと思ったら」 「ダハハァ! ばれたか。お前ら中国戦よく頑張ったな。韓国戦も勝ったら俺が奢るぞ」 「ほんなら俺、ステーキがええです。期待してまっせ倉田さん」 社がちゃっかり乗る。 午後からは、日本の出番は無いので控え室で、韓国VS中国の対局を観戦する。 「永夏も秀英も相当棋力上げてきてるね。南俊勇が予想外に強いな」 「さすがに韓国って層が厚いな」 塔矢がボソリとコメントしている。 倉田は、社にはちときついかもしれんな。塔矢と進藤は、五分五分の勝負に持っていけるだろうと踏んでいた。 白熱した戦いが続いていたが、結果は韓国の圧勝であった。これで中国は今年3位に確定した。 「さて、疲れただろうから晩飯までそれぞれ休んでいろ。晩飯は6時半頃でいいかぁ?」 「はい、いいですよ」 「じゃ、6時半な。ああ~疲れた」 「それじゃ失礼しまーす。塔矢・社、行こう。俺、腹空いたからコンビニ行くけど、お前達はどうする?」 「僕は遠慮するよ」 「俺もコンビニ行くで。ほんなら塔矢後でな」 社と二人で、甘いものやら肉まんやら購入した。 「なあ進藤。お前最近何かあったんか?」 「ヘッ! なんで?」 「そやかて、合宿の時もいつもとちょっと違ごうてたし」 「そっか? 別に何もないぜ」 「ほんまか? ほんならええんやけど」 ヒカルは内心ドッキドキだった。普通にしてたつもりだったけど、どこか変だったろうか? 社は結構勘が鋭いタイプなので、何時もと違うことを感じ取ったのだろうか? 佐為に似た人の事を気にしちゃダメだと思うほど、気になってしまう自分がいる。ヒカルは、塔矢の前では気を張って過ごしていたが、塔矢が居なくなると気を抜いていた為、敏感な社に察知されてしまっていたのだ。 「それより社、俊勇はどうだ?」 「ああ、なかなか手強そうやな。けど負けへんで」 「そうだな。今年こそは優勝したいな」 「そやな。ならホテルに帰ろか。たっぷり寝て鋭気を養えよ進藤」 「お前もな、社」 二人で顔を見合わせて、ニヤッとする。 そしてあくる日、日本×韓国の戦いは、塔矢が永夏に半目で勝ち、ヒカルも秀英に辛くも勝利したが、社は南俊勇に負けた。これで、日本が2勝0敗、韓国が1勝1敗、中国が2敗で、日本が北斗杯初の優勝を飾った。 この後は、パーティーが待っている。 「ハァ……まだ難儀な仕事が残っとるでぇ。全力で打ち切った後に、この労働かいな」 「仕方ないよ社。僕らも客あっての商売なんだから」 塔矢がため息交じりに言う。 「そら、分かっとるけどなぁ……」 確かに客商売なのは分かっとるんやけどなぁ~疲れるでぇ。 お手洗いでペチャクチャ喋りながら、身だしなみを整える。 「そろそろ、時間になるから行こうか。倉田さんが心配してるかもしれない」 塔矢が時計を確認しながら促す。 「うん、分かった。社、文句言ってる割には、ビシッとめかし込んでるじゃないか」 ヒカルが社の全身を、上からしたまで眺めながら揄う。 「アホッ! 客商売なんやから、最低限の身だしなみや」 「アホ言うな、社のバカ!」 「バカ言うな進藤。アホはいいけど、バカは許せんでぇ」 「アホでもバカでも、そんな事はどっちでもいい。早く行くぞ」 低次元の争いに頭を抱えたい塔矢が、呆れ混じりにクギをさす。大きな声でお互いに言い合っていたので、トイレから離れた通路にまで丸聞こえだったようだ。 三人が出て行くと、笑いを堪えているホテル関係者と佐為がいた。 塔矢も社もヒカルも顔が赤くなってしまった。ヒカルはその中でも一段と顔が赤かった。 「日本が優勝されたようですね。おめでとうございます」 佐為がお祝いの言葉を述べると、塔矢が大将という事で「ありがとうございます」 丁寧に礼を述べ、それに倣いヒカルと社も頭を下げる。 「団長の倉田様と皆様のお部屋に、私から差し入れをさせて頂きました。パーティーが終わりましたら、皆様でお召し上がりください」 「えっ! でもそんなことして頂いては……」 「どうぞご遠慮なさらずに。私からと言うのがおイヤでしたら、当ホテルからのサービスだと思っていただければ結構です」 「そんな、イヤだなんてことは。では、あり難く頂戴します。ありがとうございます」 塔矢はこういった外交辞令については、育ちと性格が相まって淀みなく対応出来る。ヒカルと社はどちらかと言えば苦手なので、ありがとうございますと挨拶するに留まる。 「それでは、私はこれで失礼させて頂きます」 そう言った佐為は、ヒカルを暫し見詰めたあと会釈し、秘書とホテルマンを伴ってその場を離れた。 ヒカルは揺れる眼差しで、遠ざかって行く佐為の後姿を見ていた。もう、会うこともないかもしれない…… 「おい、誰やあれ? ごっつう、綺麗な兄ちゃんやなぁ。あんな綺麗な兄ちゃん見たの初めてや」 「ここのホテルのオーナーだよ」 塔矢が教えると、「エッ! そうなの」 ヒカルが吃驚仰天の様子だ。 「うん、というより進藤、あの人藤原コンツェルンの息子なんだ。ホテル関係と娯楽関係の事業は、藤原佐為さんが担当してるらしいよ」 「ゲッ! 藤原コンツェルン? 世界に名を轟かす一大企業グループやないか」 「藤原コンツェルンって、そんなに凄いの?」 ヒカルが能天気な発言をかます。 それを聞いた塔矢と社が思いっきり脱力する。「さすが進藤ヒカルだな」「そやな……」 「なんだよーお前ら、どういう意味だよぉ」 「いいって、いいって。それより、進藤あの兄ちゃんとどういう関係や。なんや意味ありげにお前のこと見とったやないか。な~んやお前もじーっと見とったし」 「ウッ」 「その話はあとあと。早く行かないと大分遅れたよ」 「あーほんまや、ヤバッー!」 急いでパーティー会場に行くと、案の定倉田の頭から、盛大に湯気が噴出しているように見えた。 「遅い! 何やってたんだお前ら。日本選手が揃わないから入場出来ないじゃないか」 「す、すみません、倉田さん」 「皆さん揃いましたか? では日本選手団の皆様から入場開始してください」 日本・韓国・中国の順に入場して行き、表彰式を受けてスピーチをしてパーティーに移る。 毎度毎度のお愛想を振りまいて、2時間後に終了となった。部屋に戻ると差し入れがちゃんとあった。 ヒカルの部屋には飲茶、塔矢はフルーツ盛り合わせとデザート、社はお寿司、倉田はサンドイッチ。 倉田だけ差し入れがある事を知らないので、ビックリしていた。 皆様でお召し上がりくださいというメモが添えてあった。「皆様? ってあいつらの事か?」 確かめるべく塔矢の部屋に電話してみる。 「アッ! 倉田さん。差し入れ何でしたか?」 「サンドイッチ、って、何で差し入れの事知ってるんだよ。お前らの所にもあるのか?」 「ありますよ。ここのオーナーから聞きましたから。それ持って進藤の部屋に来てください」 「進藤の部屋? なんでだ? お前達がこっち来いよなぁー」 「進藤の所は飲茶だから、熱くて持てないそうです」 「や、飲茶! 行く行く、すぐ行く」 かくして、大食漢の倉田・ヒカル・社のお陰で、食事は無駄なくそれぞれの胃袋に収まり、4回目の北斗杯も恙無く終了となった。